15
「また、なぞなぞかあ……」
僕は自然と呟いていた。おどろおどろしい雰囲気の中でこんな可愛らしい問題が出題されるというのは、何となくミスマッチな気がしないでもない。
しかし、長い一本道の先に位置する行き止まりという如何にもな場所に存在する謎かけである。この先には何か凄い宝物があるような気がしてならない、そう考えると、何だかやる気が湧いてきた。
――よし、頑張るぞ。
「……ねぇ、ちょっと」
問題を解こうと張り切った矢先、僕はミレナに訝しげな口調で話しかけられた。視線を移すと、彼女は何故か不安そうに僕を見ている。
「な、何?」
「その壁に書かれた文字、アンタ読めるわけ?」
「え?」
僕は彼女が何を言っているのか、全然理解する事が出来なかった。
「読めるよ。だって普通の文字じゃない」
「何て書かれてるの?」
「『食べようとした時に花が咲かないのを押しなさい。
間違うと死の呪いが降りかかるから、気をつけてね!』って書いてあるけど」
問題の内容を伝えると、明らかにミレナは動揺した様子で目を大きく見開いた。その不安げな眼差しに、僕の心も強く乱れていく。
「ど、どうしてそんなに驚くのさ」
僕は慌てて言った。
「ここに彫られてるのって、普通の文字じゃない。ミレナだって読めるでしょ?」
「……読めないわよ」
彼女の言葉に、僕は絶句する。長い沈黙の後、彼女はおもむろに鞘を抜いて、僕の眼前に突き出した。ほとんどの部分が銀色の金属で構成されている中、黒い皮が使われている部分に『みれな・えあはーと。さんさい。』という可愛らしい文字が彫られている。彼女はおずおずと口を開いた。
「ここに何が書いてあるか、分かる?」
「う、うん」
「それじゃ、もう一つ聞くけど。あの壁に書かれている文字も、これと一緒の言語なの?」
「そんなの当たり前じゃないか」
いよいよ、僕は彼女が何を気にしているのか全く検討がつかなくなった。
「ねえ、何をそんなに驚いているのさ」
つい、強い口調で追求してしまう。からかわれているのではないか、という疑念が強くなっていた。
「だ、だって」
彼女は長い間ずっと躊躇っている様子だったが、やがて意を決したように話し出した。
「そこに書いてあるの、古代文字だもの」
「……え?」
今度は僕が言葉を失う番だった。鞘の文字と、壁の文字。すぐさま二つの文章を交互に見比べたが、何度繰り返してもそれらは同一の言語で描かれているようにしか映らない。
「じょ、冗談でしょ?」
心なしか自分の声が上ずっているように感じられた。
「こんな時にそんな冗談言う余裕あると思う?」
困惑の眼差しで僕を見つめてくるミレナ。その様子に、僕は彼女が嘘をついていない事を悟った。一体、どういう事なのか。何故、僕の目には異なる二種類の言語が同一の物のように映っているんだろう。しかし、いくら頭を悩ませても答えは出てこなかった。
とにかく、と彼女が浮かない顔つきで切り出した。
「その事はひとまず置いておくとして。当面の問題はそのなぞなぞね。アンタは答え分かった?」
僕が首を横に振ると、彼女は肩を竦めて深く息を吐いた。
「それじゃ、しばらく頭を悩ませなきゃね……」
壁の近くに折り重なっている白骨死体を前に、僕はゴクリと唾を飲み込む。一歩間違えれば、僕達もあっという間に彼らの仲間入りだ。慎重に考えていかなければならない。
取りあえず、僕は頭の中で情報を整理してみる事にした。
問題文
食べようとした時に花が咲かないのを押しなさい。
間違うと死の呪いが降りかかるから、気をつけてね!
スイッチの種類
・バナナ
・ミカン
・リンゴ
「三つとも果物よね。それなら全部花が咲くんじゃない?」
「そうだけど、多分なぞなぞだから正攻法で解いちゃいけないんだよ」
「んー、アタシそういうの苦手」
「今までのダンジョンには無かったの? こういう謎解き」
「うっ」
何気ない僕の質問に、彼女は言葉を濁し、顔を逸らす。
「……あるにはあったけど、分かんないからスルーしてきたのよ」
「な、なるほど」
――これ以上突っ込んだら、絶対に怒られるな。
僕は改めて目の前の文章に向き直る。
「問題はこの『花』が何を指すかだよね」
僕が発言した直後、彼女がいきなり声を上げた。
「あっ! アタシ分かった!」
自信満々の笑みを浮かべ、ミレナは僕に声高々と宣言する。
「答えはバナナよ!」
「え、どうして?」
「だって、『はな』でしょ? なんかアレって、人の『鼻』みたいに見えるじゃない」
「……あのさあ」
僕は大きく肩を落として彼女に告げた。
「それじゃ、『食べようとした時』っていうフレーズの意味が無くなるじゃん」
僕の言葉に、彼女は一瞬言葉を詰まらせたが、
「で、でも。食べる時だって同じ形じゃない」
と、自身なさげに反論してくる。
「だから、そういうのだったらわざわざ文頭で説明したりしないじゃん」
「……ま、まあそうね。アタシも薄々感じていたわよ」
あからさまに嘘っぽい言動に、『本当にそう思ってた?』と僕は聞き返そうと口を開く。
その時、僕の脳内に先ほど彼女が必死で口にした文章が甦ってきた。
――で、でも。食べる時だって同じ形じゃない。
「食べる時……形……もしかして」
「ちょ、ちょっと」
彼女が心配そうに顔を覗いてくる。
「何一人でぶつぶつ呟いてるのよ」
「分かったよ」
「え?」
僕は自らの口元が綻ぶのを抑えられなかった。
「答えが分かったんだ。この三つの果物のうち、どれが花を咲かせないのか」




