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11

 外見同様に石造りの廊下を、彼女の後に続いて進んでいく。中は真っ暗というわけでは無く、所々の壁に球体の火が灯されていた。蝋燭が備え付けられているわけでも無く、ただ炎だけが明るく燃え盛っているのは些か不気味に思える。


 その事を質問すると、彼女は肩を竦めてこう口にした。


「どうせ魔法でなんかしたんでしょ、多分」


 中はいつかのダンジョンのように複雑に入り組んでいて、人が生活するようなスペースは全く見当たらない。


「アンタ、しっかりカードは持ってる? いつでも使えるようにって意味だけど」


 探索の途中で彼女に訊ねられ、僕は頷いた。


「勿論だよ」


 ゴブリン洞窟での一件以降、僕は懐にあの赤いマジックカードを忍ばせてある。敵に襲われていて彼女の助けが望めない状況でも、これが使えればひとまずは安心だ。


「なら、良いけど。あ、ストップ」


 と、曲がり角の側で彼女はいきなり僕を手で制する。


「どうしたの?」


 彼女の後ろ側へ回り込むように歩いて角の先を確認する。そこには昔懐かし、あの青いゲル状の生物がいた。昔の事を思い出して、僕は少し憂鬱な気分になる。


「スライム、だよね」


 コクン、と彼女は無言で首を縦に振った。そういえば、結局このモンスターの攻略法は見つけられなかった。どうすれば、この敵を倒す事が出来るのだろう。


 僕はミレナの一挙一動に注目する。やがて、彼女は地面の上を遅緩な動きで這いずっている相手に近づき、次の瞬間。




 力一杯、踏みつけた。




 ぶちゅ、という短い音を立てて、スライムは彼女の足に押し潰される。すぐに敵は弾け飛んで、そこら中にドロドロした体の一部がまき散らされた。恐らく、もう生きてはいないだろう。


 いとも簡単そうに、ミレナは僕があれほど苦戦した相手を倒してしまったのである。僕にとって、それは衝撃的な出来事だった。


「な、なに見てんのよ」


 唖然として眺めていると、彼女は戸惑っているように口を開く。


「いや、凄いなって」


「凄いって、何が?」


「スライム倒した事」


 彼女は驚いたように目をパチクリとさせて、それから首を捻り、気まずそうに頬を掻く。


「……そんなの全然凄い事じゃないと思うけど」


「え」


「今時、町の外に出るならスライムぐらい倒せないとやってられないわよ、普通」


 グサリと心を抉る一言である。僕は作り笑いを浮かべて内心の動揺を誤魔化した。


「そ、そうなんだ。あはははは」


「何よ。渇いた笑い声なんか出して」


「な、何でもないよ。それより早く先に進もう」


「……まあ、いいけど」


 彼女は歩き始め、僕はその後ろをついていく。取りあえず、スライムに何度も強制送還を食らわされた事は黙っておく事にした。


 ――あの時は、掲示板からやり直せて本当に助かったよなぁ。


 過去の冒険に思いを馳せると、僕はふと一つの事が気になった。


「ねえ、ミレア」


「何よ、さっきから」


 後ろを振り返ることなく、彼女は返事をした。


「セーブポイントって、ある?」


 ミレナは急に立ち止まり、僕もそれに倣った。彼女が振り返り、困惑の眼差しで僕を見つめる。


「……せーぶぽいんと?」


「いや、その」


 オウム返しに訊ねてきた彼女に、僕が別の表現を思いつくには随分と時間がかかった。


「こういう所で倒せたら死なずに戻される、みたいな場所かな?」


 僕がそう口にすると、彼女は絶句した。そして、しばらくの沈黙の後。


「……はぁ?」


 呆れたような響きが、発せられた声に含まれていた。


「そんな上手い話、あるわけないでしょ」


 僕が固まって何も返事出来ない間に、彼女はきびすを返し、再び歩みを進めていく。慌てて僕もその後に続いた。


 ――怒らせちゃったかな。


 心の中で、今し方の質問を後悔する。自分が冒険を軽く考えているのだと、彼女に思われてしまったかもしれない。この建物を出たら、夕食の時にでもこの事について釈明しようと思った。


 しかし、新たな疑問が降って湧いた事も事実である。彼女は『セーブポイント』というものを知らなかった。けれど、マジックカードなんて物が常識的に考えられるのだから、『セーブポイント』なんていう便利な場所を彼女が知らない筈がない。勿論、彼女が知らなかったという可能性はなきにしもあらずだが、ここには『死ぬ直前からやり直せる』なんていう所は存在しないと考える方が今の段階では適切だ。


 ならば、僕が倒れていたダンジョンで許されていた『やり直しの権利』は何故与えられていたのだろう。そもそも、僕の中に知識としてあった『セーブポイント』は、一体何なのだろう。


 ずっと、僕はこの世界に対して違和感を覚えていた。ここがあの薄暗い地下で恋い焦がれていた『地上』である事には間違いないのに、どこか自分が場違いな場所に存在しているような錯覚を覚えてしまうのだ。風景だったり、人間だったり、生き物だったり。様々な物が、僕の記憶に曖昧な感じで残っている『地上』とはどこかズレているように仕方がない。


 ――どうしてなんだろう。


 溜息を吐いても、答えは出てこなかった。






 迷宮の中を移動している間に、僕らはスライムの他にも様々な敵と遭遇した。ここで暮らしていると思しきゴブリンを筆頭に、天井を這いずり回っている緑色の毒蛇、ドデカいイノシシ等、僕であったら絶対に一対一でも倒せなさそうな相手だが、ミレナはまるで赤子の手首を捻るように軽々と彼らを斬り捨てた。


 一人で逃げ回っていた頃とは違い、実に安心感のある探索だと僕は感じていた。

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