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10

 僕達がその怪しげな建造物を見つけたのは、村長から情報を得た『ローリエン』という町を目指して三日目、深い森の中で迷ってしまった際の事だった。


 その建物はうず高く石材が積み上げられた外観をしていて、二階建ての家屋程度の高さだ。しかし特徴的なのはその横幅と奥行きで、僕の目線からではどれくらいの大きさなのかがイマイチよく分からない。外観には無数の蔓や植物が巻き付いていて、現代の建築物とはとても思えなかった。


「ねえ、ミレナ。これ何か分かる?」


「昔の人々の住処じゃない?」


 彼女は肩を竦めて、


「こんな所って、旅してると結構あるのよ。多分、昔の金持ちとか魔術師とかが住んでたんだと思うけど」


「へえ、そうなんだ」


「でも、こういう場所って結構出るのよね」


「お化けが?」


 なに寝ぼけた事言ってるのよ、とでも言いたげな冷ややか視線が隣から突き刺さってきて僕は辟易した。


「モンスターよ、も・ん・す・た・あ」


 彼女は年少の子供に言い含めるように強調した。


「人の代わりに魔物が住み着いてる事が多いって言ってるの」


「それじゃ、ここもダンジョンみたいになってるかもしれないって事?」


「みたいっていうか、そのもの自体だけどね」


 ――もしかして。


 僕は頭の中で考えを巡らす。この世界では、『魔物が住み着いてる人里離れた場所』の事を『ダンジョン』と呼ぶのでは無いだろうか。この前のゴブリン洞窟も、彼女にとってはダンジョンと呼べる場所だったのかもしれない。


 だけど、それなら僕が知識として抱いていた『ダンジョン』とは一体何だったのだろうか。記憶の中の『ダンジョン』という言葉と、実際の『ダンジョン』という言葉の間に、僕が明らかな違和感を覚えてしまうのはどうしてなのだろう。


「何、ボーッと突っ立ってんのよ」


 我に返ると、彼女は既に建物の入り口まで近づいていて、扉の隙間から中の様子を覗きこんでいた。


「え、中に入るの?」


「当たり前でしょ。金目の物があるかもしれないんだし」


 目をキラキラさせながら両手を握りしめているミレナの姿を見て、そういえば今の僕らは金欠なんだと思い出した。


 早く来なさいよ、と手で促され、僕は彼女の側まで歩み寄る。荷物を渡すよう命令されて応じると、彼女はバックパックを漁って松明を取り出し、それに火をつけた。僕に再び荷物を背負うよう命じ、炎が灯った松明を差し出してくる。


「はい」


「僕が持つの?」


「当たり前でしょ。窓が無いし、明かりは残ってるみたいだけど、いつ切れるか分かんないし。アタシは何かあったときに戦わなくちゃいけないし」


 それもそうだ。僕は頷いて松明を受け取る。


「さあ、中に入るわよ」


 意気揚々と扉を開く彼女に続こうとした時、


「……ヘックション!」


 僕は微かに誰かがくしゃみをするような物音を耳にした。即座に振り返ると、視界の隅で何かが動いたような気がした。けれども、それっきり異常は起こらず、木の葉が穏やかな風に揺らめいている以外、目に見える動きは見当たらない。


「ちょっと、何ボーッとしてるのよ」


 待ちかねてか、扉から頭だけを出してミレナが声をかけてきた。


「いや、くしゃみのような音がしたんだけど」


「くしゃみ?」


 彼女は先ほど僕がしたように森の中を見渡す。


「誰もいないじゃない」


「変だなあ、確かにそんな気がしたんだけど」


「珍しい鳥かなんかが鳴いてたんじゃない? さ、行くわよ」


 彼女の姿が扉の陰へと消える。僕は腑に落ちない気持ちのまま、建物の中へ足を踏み出した。

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