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「本当にどうもありがとうございました」


 ゴブリン退治を行った翌日の朝。僕達が出発する際、村長はそう頭を下げた。


「お二方のおかげで、これから村にも平穏が戻ると思います。奴らにちょっかいを出されて負傷する者も随分と減るでしょう」


 僕は殆ど何もしていないので、このようにお礼を言われると体の隅々がむずがゆくなって仕方がない。


「大したお礼は出来なかったですが、お気に召しましたでしょうか?」


 村長に訊ねられ、僕は笑顔で頷いた。


「はい、とっても気に入りました。ありがとうございました」


 村の女性が編んだ子供用の服や靴を、僕は受け取る事になったのだ。今まで着ていたボロ布服とは違い、着心地はとても快適だ。豆だらけになっていた生足をようやく庇えるようになった事も嬉しくてしょうがない。


 ちなみに、村の方々は僕用の衣服だけでなく、野菜やパンといった食料類も沢山渡してくれた。


「村を出て五日もすれば、ローイエンという町に着きます。お二方の安全な旅路を祈っております」


 村を出発して振り返ると、遠くで村の人々が未だに手を振ってくれているのが分かった。


「なんか、嬉しいね。こういうの」


 別れの余韻に浸りながら、僕はひたすら前に歩を進めているミレナに話しかける。


「そうね」


 彼女はぶっきらぼうに応答してきた。


「新しい服も貰ったし」


「良かったわね」


「いっぱい食べ物も貰えたし」


「そうね」


「これからはしばらく食料に困らないね」


「そうね」


「……ねえ」


 僕はおずおずと質問した。


「何をそんなに怒ってるの?」


「別に怒ってないわよ」


 ただ、と彼女は鼻を荒くして、


「お金、貰えなかったし」


 と言葉を続ける。彼女の怒っている理由を知って、僕の気持ちはげんなりとなった。


「ちょっと、それは流石に欲張り過ぎじゃない?」


「別に、本人に直接言ったわけじゃないわよ」


「それは、そうだけどさ」


「せっかく町が近くにあるとしても、お金が無かったらどうにもなんないじゃない。普通、こういう時の謝礼はお金だって相場が決まってんのに……」


 僕の横でぶつくさと不平不満を呟きまくる彼女。自然と苦笑してしまいそうになり、それを悟られないよう、僕は彼女から顔を背けて辺りの風景に視線を移した。相変わらず、遙か彼方まで緑一色の草原が延々と続いている中、ポツポツと山があったり、森があったり、小川が流れていたりして、様々な生き物が飛んで走って泳いでいる。ゴブリンのような魔物がいなければ、本当にのどかな情景だ。


 少し前にミレナと出会ったのも、ちょうどこんな場所だったと思い返す。ここまでの旅で段々と彼女の性格が分かってきたけれど、正直、僕が少々苦手なタイプな感じがする。何かあればすぐ怒ったり、金や物にちょっと変にがめつかったり、恩を良い事に僕へ厄介な家事を押しつけてきたり。


 ――でも、一緒にいてホッとする。


 あのダンジョンの中では、ずっと独りぼっちだった。何かあった時に頼れる者はいなかったし、口を持たない掲示板だけが唯一の救いだった。


 けれど今は、掛け替えのない話し相手がいる。それだけで十分だ。何だか少しひねくれていると思うけど。


「……ねえ、ちょっと! 聞いてるの!?」


 鋭い問いかけに、僕は物思いから現実へと一気に引き戻される。気づけば、僕らの進む方向には急な坂道が延々と広がっていた。


「ご、ごめん。聞いてなかった」


「……あ、そう」


 ぷいっと、彼女はそっぽを向く。


「何を話してたの?」


「なーんにも」


「そんな事言わずに教えてよ」


「荷物持ち代わってあげようか、って言った」


 僕は一瞬、耳を疑った。


「え?」


 彼女は両目を瞑って、


「冗談よ、冗談」


 と、前より早足になって、彼女はずんずんと傾斜を進んでいく。僕は慌ててそれに続いた。


「代わってよ」


「嫌」


「だって、僕もうクタクタだもん」


「良い訓練になるでしょ」


「そんなぁ」


 僕は落胆の息を吐く。その時、一つの疑問が頭に思い浮かんだ。先ほどの彼女の言葉は本当に冗談だったのか、と。


 表情を横目で観察する。前を向いている彼女は楽しそうにニコニコしていた。僕に引け目を感じているとは思えない様子である。


 ずっと、こんな感じなのかな。これから先の事を考えると頭は重いけれど、どうしてだろう。彼女の晴れやかな笑顔を見ていると、僕の方もなんだか元気が湧いてくる。そして、しばらくはこんな関係でも良いかな、と考えてしまうのだ。良いように扱われているのかもしれないが、彼女はそこまで計算高い人間じゃないと思う。


 ――ミレナといると、退屈しないのかも。


 そんな事を心の中で呟く。これからどれくらい一緒にいるかは分からないけれど、楽しい日々を過ごせたら良いなと僕は思った。胸の奥が爽やかな感覚で満たされていく。


 僕らの頭上には、澄み渡るような曇り無い青空が広がっていた。







 それからしばらくして。


 僕は先ほどよりずっと重い溜息をついた。両足が張り、熱い汗が体中から噴き出す。


 ――食べ物がパンパンに詰め込まれたバックパックを背負いながら、急な坂を上るのはとてつもない苦行だった。

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