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「中に入ったら息を潜めてるのよ。良いわね?」
事前から彼女にそう伝えられていたので、僕は注意深く目を凝らしながら歩く彼女の後ろを黙って付いていく。洞窟という言葉から何となくジメジメしているようなイメージを抱いていたのだが、想像していたほど中の空気は湿っていなかった。地面もぬかるんでいたりせず、足場はしっかりとしている。
洞窟は一本道のようで、僕らは迷うことなく奥へと進む事が出来た。最深部が近づくにつれ、耳に届いてくるゴブリン達の特徴的な話し声も次第に大きくなっていく。
やがて、僕達は洞窟の最奥にたどり着いた。そこは今まで通ってきた通路より幅が広く、まるで円形状の小部屋のようになっている。自分達で作ったのか略奪したのか分からない松明が何本も中に灯されていて、僕はミレナに続いて通路のちょうど部屋の中から死角になっている部分に身を隠した。
「ゴブ」
「ゴブゴブッ」
「ゴブゴブ~」
「ゴブゴゴブ」
「ゴブゴブゴゴブ、ゴブゴゴブ」
どんな話をしているのかは分からないが、彼らはまるで楽しそうにはしゃぎながら宴会のように踊り狂っている。もしかすると、彼らの一部は歌っているのかもしれない。
数は軽く見積もって二十匹はいる。ミレナの表情をふと見やると、いつになく真剣な眼差しで彼らの様子を観察していた。いくら彼女でも、これだけの数を相手にするのは難しいのかもしれない。僕の心に少しの不安が芽生える。それを紛らわす為に、手に持っていたレッドカードを強く握り直した。いざという時は、僕も戦わなければならない。決意を新たにする。
ただ、その意気込みがどうやら悪い方向にも作用してしまったらしい。
「ゴブ!」
真後ろから叫びが上がり振り向く。そこには二匹のゴブリンが敵意剥き出しの目つきで僕らを睨みつけていた。どうやら、洞窟の外から戻ってきたゴブリン達らしい。ミレナは前方の集団を警戒していたし、本当なら僕が気配や足音に気づかなければならなかった筈だ。後悔の念が僕を襲い、思わず歯軋りしてしまう。
ミレナの行動は素早かった。彼女は舌打ちを鳴らして素早くゴブリン達の目の前に移動し、彼らが御自慢の棍棒を振り上げる前に鞘から剣を抜刀し、その勢いで二匹同時に斬り伏せる。力無く地面に崩れ落ちる二つの死骸。
しかし、これらの出来事は小部屋の中にいた彼らの注意を引き付けるのには十分過ぎた。沢山のゴブリン達が騒音に気づき、通路までやってくる。
そして。
「ゴブー!」
「ゴブゴブ!」
「ゴブゴブゴー!」
悪意溢れる叫び声を上げ、どうやら仲間達に異変を知らせたようだ。棍棒を掲げて、近くまできていた三匹が突撃してくる。
「アンタは下がってて!」
僕に大声で命令すると、ミレナは駆け出して剣を横薙ぎに振るう。そして、あっという間に彼らを倒してしまった。
後続が次々とやってくるが、彼女は全く退かずに応戦する。
「はっ! てやっ!」
華麗な剣裁きで襲いくる敵を次々と退ける彼女を見て、僕は感銘を受けずにはいられなかった。
――凄いや。
自然と、僕は心の中で呟いていた。僕とほとんど変わらない体型で、さらにれっきとした女の子なのに、ミレナは多数のゴブリン達相手に一歩も譲らない戦いをしている。僕なんかじゃ持ち上げるのも一苦労な剣を軽々と操り、身軽な動きで相手の攻撃を簡単に避けている。今の彼女はまさに剣士だ。
「ゴブッ!」
「うわ!」
彼女の動きに見とれている間に、一匹のゴブリンがすぐ近くまで来ていたらしい。振り下ろされた棍棒を辛うじて回避する。突然の事に、僕は気が動転する。
――そうだ! カード!
僕は握りしめているのも忘れていた赤いカードを、目の前の相手に突き出す。
――今だ!
心に念じると同時に、球状の炎がカードから飛び出してゴブリンに命中する。途端に相手の体は勢いよく燃え上がった。
「ゴ、ゴブー!」
ゴブリンは悲鳴を上げながら倒れ込み転げ回ったが、次第にその動きは弱まっていき、最後には灰だけが地面に残った。
――な、何とか倒せた。
安堵の息をついて周りを見渡す。どうやら近くに他の敵はいないようだ。ふと視線を部屋の中へと移すと、ミレナとゴブリン達の戦いは未だに続いていた。とはいっても、あれだけ沢山の数がいた敵もすっかり数が少なくなり、未だ彼女と交戦しているのは僅か四匹だけだった。
「てやあー!」
迫力のある掛け声と共に、ミレナは剣を振り下ろす。銀色の閃光が走った後、敵のうち一匹が体を真っ二つに斬り裂かれて息絶えた。惨たらしい同胞の死に、他のゴブリン達が表情に恐怖を浮かべて硬直する。そして、その隙を彼女は見逃さなかった。
急に走り出して一気に距離を詰め、一閃する。二匹が巻き込まれ、一匹だけが辛うじて攻撃を避ける。しかし、次の瞬間には鋭利な剣の切っ先が最後の相手の背中を突き破っていた。ミレナが剣を引くと、既に事切れた相手は重力に逆らわずに崩れ落ちる。
――これで終わったのかな。
僕が賞賛の声を彼女にかけようとした時だった。
「ふふふ、やるゴブね」
挑戦的な声が、部屋の隅から聞こえてきた。




