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「あれが、その洞窟です」


 昨日、村長に付き添っていた青年に指し示されたのは、岩肌にポッカリと口を開いている横穴だった。パッと見た感じでは、何の変哲も無い場所のように感じる。


 その旨を青年に伝えると、彼は表情を暗くして、


「近寄って、耳を澄ませてみて下さい」


 言う通りにしてみると、洞窟の中から微かな話し声や物音がする。


「ゴブー」


「ゴブ!」


「ゴブゴブゴブ」


 ――どうやら、本当にここが彼らの巣窟らしい。


「中は暗いの?」


 ミレナの問いに、青年は首を横に振った。


「いや、そんなに深い洞窟ではないので、少し薄暗くはあるでしょうが昼間なら問題ないと思います」


「明かりは特に必要ないわけね……分かったわ。後はアタシ達に任せて、村に戻ってて良いわよ」


 よろしくお願いします、と最後に頭を下げて、青年は村へと帰っていった。それを見届けた後、僕は彼女に口を開く。


「なんか、随分と偉そうだったけどいいの?」


「どうして?」


「だって、ほら。相手の方が年上だったのに」


「こういうのは依頼を引き受ける方が偉いに決まってるのよ」


「そりゃ、そうかもしれないけど……」


「そんな事より」


 と、彼女は僕の話を遮って、


「早速これから洞窟の中に入るけど、心の準備は出来てる?」


「う」


「何よ、『う』って」


 言葉を濁す僕を、彼女が険しい顔つきで睨みつけてくる。正直、ゴブリンなんかより断然怖い。


「その事なんだけどさ」


 僕は首筋に冷や汗を流しつつ、顔には愛想笑いを浮かべながら切り出した。


「やっぱり、中でミレナが戦ってる間、ここで待ってても良いかな?」


「ダメ」


 冷たい響きを含んだ即答が、僕の心をガツンと殴りつける。彼女のこめかみに青筋が浮かび上がっていた。


「だいたいアンタ、男でしょ!」


「け、けど。僕、本当に戦い苦手だし。ていうか、ゴブリンに勝てた事も無いし」


 さっきの青年だって、という言葉は辛うじて飲み込んだ。ミレナは右手を額に当てて、はぁ、と息をつく。


「あのね、アタシだって自分が負けるって思ってるわけじゃないけど、何か手違いでピンチになるかもしれないわけ。そういう時にはアンタみたいなのでも居てくれた方が助かるのよ」


 彼女の物言いに僕は一瞬、ダンジョンの中で随分と皮肉を飛ばしてきた掲示板の事を思い出した。


「でも、僕が一体何の役に立つっていうのさ」


 半ばふてくされた気持ちで僕はそう口にした。


「別に、アタシみたいに最前線で殴りあえって言ってるわけじゃないの」


「僕、弓とか扱えないよ。持ってないし」


「カードくらい扱えるでしょ」


「……カード?」


 その名称に、僕は一から十三までの数字と四つの記号からなる紙の束を連想した。


「そりゃ、トランプは出来るけど」


「はあ!?」


 彼女は愕然としたように目を見開いて口をあんぐりと開けた。


「なんで、トランプがそこで出てくるわけ? アタシの事からかってる!?」


「い、いや」


 彼女の異様な物言いに、僕は慌てて弁明した。


「別にからかってるわけじゃないよ。ほんと、本当だよ」


「……もしかして」


 彼女は表情を一変させ、ジト目で僕を見る。


「アンタ、『マジックカード』の事も忘れてるわけ?」


「マジックカード?」


「そう、えっと……」


 と、彼女は鎧の下に着ている衣服のポケットをまさぐり、


「これの事」


 何やら赤い色をした手のひらサイズのカードを取り出した。その形状に、僕は記憶の中からあるものを思い出す。


「なんだか、サッカーのレッドカードみたいだね」


「……さっかー?」


 今度は、彼女の方が不思議そうに目を瞬かせる番だった。


「それこそ何よ」


「ほら、スポーツだよ」


「そんなスポーツ無いでしょ」


「え、そうだっけ?」


 僕は頭を捻って、『サッカー』に関する知識を掘り起こそうとする。しかし、ルールや道具等は思い出せても、その他の事に関してはまるで記憶に靄がかかっているようにはっきりしない。


「……とにかく、話を戻すけど」


 腑に落ちなそうな表情をしている彼女は口を開く。


「マジックカードっていうのは、魔術師とか商人が売ってる便利アイテムの事よ」


「便利アイテム?」


「そう。このカードの中には魔術師が自らの魔法を込めているの」


 彼女は手に持っている赤いカードをひらひらと振った。


「これを使えば、魔術の類を扱えない人間でも、手軽に魔法が使えるってわけ」


「つまり、それがあれば僕でも魔法が使えるの?」


「そういう事。まあ、制限はあるけどね。これは安売り品だからあんまり強い威力は無いだろうし、回数も少ないと思う」


「安売り品……?」


「しょうがないでしょ。贅沢出来ないんだから」


 と、彼女は僕の手にカードを押しつけるようにして手渡してくる。僕はしげしげと手元のカードを眺めた。確かにこうやって握りしめていると、なんだか不思議な感覚が指先を通して伝わってくる気がする。


「どうやって使えば良いの?」


「簡単よ。手に持って『使いたい』と思えばいいの」


 彼女の説明に、僕は拍子抜けした。


「なんか本当に簡単だね。どんな仕組みなの?」


「アタシに聞かれても知らないわよ。それ作った魔術師に聞きなさいよ」


 そりゃそうだ、と僕は心の中で呟いた。


「このカードはどんな魔法が込められてるの? もしかして、炎とか飛ばしたり?」


「当たり」


「うわあ、面白そう」


「あ、ちょっと!」


 早速試そうとした僕の手を、彼女が慌てて押さえてきた。


「こんな所で使って火事にでもなったらどうすんのよ。無駄遣いにもなるし」


「……あ」


 そういった注意が、頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちていた。彼女は呆れた顔をして肩を落とす。


「全く、しっかりしてよね」


「ごめん。ついうっかりしてた」


「はぁ……とにかく」


 と、彼女は洞窟の方に向き直って、


「無駄話はこれで終わり、今からゴブリン退治に行くわよ」


 と、高らかに宣言する。僕は少し浮かれてしまっていた気持ちを引き締めた。


「……うん」


 いよいよ、僕らは魔物達が根城にしている洞穴の中へと足を踏み出した。

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