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「それにしても、なんか妙な事になってしまったよなぁ」
「うん、そうだね」
城下町に敷き詰められた石畳の上を、僕とフォドは会話をしながら歩いていた。メノの襲来により勝負の決行が決まった後、僕達は午後から依頼を引き受けに行く為に宿を後にしたのだった。一方、ミレナ、セティ、エリシア、メノの四人は現在、鑑定屋とかいう場所に向かっている筈だ。鑑定屋とはダンジョンなどで発見した戦利品の価値や名前などを判別してくれる店らしい。主人の殆どは自らの目利きだけでなく識別用の魔術も駆使して戦利品の鑑定を行うのだとか。ただ、今回の品――エリミレーネの羽衣は存在自体が貴重な代物なので、彼女達もそれなりに値の張る腕利きの鑑定屋へ向かうそうだ。何故かメノがついていったのは、ただ単に彼女の暇つぶしというだけらしい。
――ミレナの推測だけじゃ、本物かどうかなんて分からないしね。
あくまでも、彼女は旅の途中に冒険者達から聞いた噂などから、発見した羽衣を価値ある品だと予測しただけだ。本物かどうかは、今日の鑑定結果次第という事になる。
「まあ、俺はエリシアちゃんの為に頑張るだけだけど」
気だるそうに肩を回しながら、フォドが呟く。
「別に頑張らなくてもいいんじゃない? 本人だって、あまり乗り気じゃないようだし」
メノの来訪から最後まで、エリシアは勝負を固辞するような姿勢を見せていた。ただ、その場の流れに流されて流されて、結局は彼女もまた羽衣を賭けた勝負にフォドと挑む羽目になったのだが。
「そりゃ、エリシアちゃんはあまり自分が自分がってタイプでもないし、そうだろうけどよ……ま、半分は俺の意思みたいなもんだから」
「意思?」
「おう。だってよ、見てみたいじゃねえか」
と、ツンツン頭の少年は両目を閉じて腕組みをし、
「エリシアちゃんがあの羽衣を纏っている姿」
と、仄かな陶酔のこもった口調で言う。
「あー、そういうことかぁ」
脳裏で、淑やかな金髪の少女があの麗しい羽衣を纏っている姿を想像する。彼の言う通り、元々が僧侶なだけあって、エリシアに法術士の着物はよく似合うような気がした。
「ま、互いに頑張ろうぜ」
フォドは僕の肩をポンと叩くと、ふと思いついたように、
「そういや、お前もあのセティって子に羽衣を着せたいとか思ってんのか?」
と、訊ねてくる。
「ぼ、僕は別に……」
何故か慌ててしまい、言葉を濁す。瞬間、赤髪の少女が麗しい衣装に身を包んでいる姿を即座に想像してしまった。似合っているかどうかはともかくとして、見てみたい……気もする。
その直後、今度は橙髪の少女の羽衣を身につけている様が脳裏に浮かび上がり、またもや動揺した。
「ははは、何にせよミレナに負けるわけにゃいかねーよな」
快活な笑い声を上げて、フォドが言う。
「あんな金にガメツい鬼女が着たって、文字通り宝の持ち腐れだろうし」
「あ、あはは……」
本人が聞いたら絶対に目を吊り上げるだろうなと思いつつ、通りの角を曲がる。城下町に無数と存在する広場の一つに行き着いた。多数の露店が広場のあちこちに分布し、店主達の上げる陽気な声が飛び交い、肉の焼けるジューシーな音が立ち上っている。その中を様々な容姿の通行人達が無造作に行き交っていた。
その中に、ポツンと一人ベンチに座っている見知った人物を発見する。
――あれは……。
陽光を浴びて煌めく金髪と、鮮やかな真紅のマント。澄み渡る蒼い瞳は頭上の晴れ渡る空に向けられているが、端正な表情は対照的に曇っている。
何やら思い悩んでいる様子で、その少年は身を休めていた。
「お、ノルスじゃねえか」
僕と同様に彼の存在に気がついたフォドが声を上げる。
「やあ、君達か。久しぶりだね」
近づいてくる僕達の存在に気がついたメリスティア王国の勇者――ノルスは、朗らかに口を開いた。
「今日はあの黄金騎士野郎は一緒にいないのか?」
「ああ、セディルなら今日は城で訓練している筈だよ」
「ノルスはどうしてここに?」
「ちょっと、外の空気を吸いに来たんだ」
そう言って、ノルスは小さく笑った。どこか、疲労の残っている表情だ。
「ずっと書庫に閉じこもっていたから、気が滅入ってしまってね。それで、気分転換に街までやってきたってわけさ」
「へぇ……なんか、調べものでもあったのか?」
「近頃、この国で起こっている魔物の凶悪化について、個人的に調べていたんだ」
「魔物の凶悪化……あの妙なオーラを身に纏った魔物の事だよね?」
僕の脳裏に、つい昨日出会ったばかりのおぞましい巨大な植物系魔物の姿がよぎる。
「うん、そうだよ」
僕の問いかけに、ノルスは神妙な面持ちで頷く。
「何か分かった事とかあるの?」
「それがね……いろんな文献に目を通しているんだけど、なかなか成果が上がらないんだ」
彼は小さく溜息を吐いて、
「あのオーラが魔物の能力を飛躍的に向上させるという推測くらいかな、現状で出来るのは」
「そっか……」
「ま、そんなに深刻になる事はねえんじゃねーか?」
ノルスを励ますように、フォドが口を開いた。
「今のところ、兵士の連中でどうにか討伐出来てるんだろ?」
「いや、オーラで強化された魔物の目撃情報はじわりじわりとだけど増えているんだ。このままだと、王国兵や騎士団だけでは処理が間に合わなくなるかもしれない」
ノルスの口調には、明らかな焦燥感が含まれていた。人々から勇者と多大な尊敬を集めている彼は、責任感も人一倍強いに違いない。都を騒がせている事件について、かなり心を痛めているのは自ずと察せられた。
「あまり、気負いすぎないようにね」
両掌を握りしめて表情を固くさせる彼に対し、僕は努めて優しく声を掛けた。
「根詰めて体を壊したらどうにもならないし、ノルスは王国にとっても大切な人なんだから」
「そうだぜ。息抜く時にはしっかり息抜かねーとな」
僕に同調するように、フォドが首を縦に振った。
「王国の奴らだって、調べは進めてるだろうしよ」
「……ありがとう、二人とも」
ようやく表情を緩ませて、ノルスは笑った。




