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僕達が訪れたのは人口が少ないひっそりとした村で、どうやら農業や牧畜で生計を立てているらしい。僕達がやってきた事に村人達が気づくと、なんと村長が直々にやってきて旅人用の小屋、それに食事を提供してくれた。勿論、タダというわけでは無かったが、ミレナによるとかなり良心的な値段だったそうだ。
「すっごく親切な人達だね」
コップに注がれたミルクを飲みながら、僕はふっくらしたパンを口一杯に頬張っている彼女に話しかけた。
「どこの村でもこんな感じなの?」
「まあ、お金さえ払えば大体はこんな感じ」
と、彼女は次に皿の載せられた羊の肉に取りかかる。
「余所者が入る事すら許されない閉塞的な村とかもあるけど、そんなの滅多に無いかな。旅人に親切にすると、向こうにも結構利益があるみたいだから」
「え、そうなの?」
「商人だったら珍しい物を譲ってくれたり、大道芸人だったら自慢のショーを披露したりとかね。こういう所って、極端に娯楽が少ないらしいから」
「なるほど……あ」
彼女の言葉に納得すると同時に、ささやかな疑問が僕の脳裏を掠めた。
「そういえば、ミレナってどんな所で育ったの?」
「アタシ? アタシは」
彼女が答えようとしたまさにその時、小屋の扉がノックされた。
「入っても良いですかな?」
嗄れた声に、僕達は顔を見合わせる。やや間を置いて、とミレナが声を出し、やがて木製のドアが鈍い音を立てながら開き、白髪で背丈の短い老人が杖をつきながら入ってきた。村長だ。後ろに村の青年が一人控えている。
「食べ物はお口にあいますかな?」
僕達は小さく頷く。それを見て、彼は満足そうに微笑んだ。
「それは良かったです。お代わりもありますので、遠慮なく召し上がって下さい。ただ……」
と、村長が意味ありげに言葉を濁したので、僕は目をパチクリとさせる。
「お二方は旅の冒険者だとお見受けします。どうか、私達にお力をお貸しいただけないでしょうか?」
恐らく、村長は勘違いしていると僕は感じた。ミレナの格好からそのように判断したのだろうけれど、彼女はともかく僕の方は冒険者なんてとんでもない。ただの記憶喪失者である。しかも、戦いは全然得意じゃない。
しかし、僕がその訂正を入れる前に彼女が口を開いた。
「どういう事なんですか?」
「実は……」
その質問を待ってましたとばかりに、村長は勢いよく喋り出す。彼の話によれば、今この村は困った問題を抱えているらしい。一ヶ月ほど前から、村から北へと少し歩いた所に存在する洞窟に、ゴブリンの集団が住み着いてしまったのだという。普通に暮らされるだけなら勿論問題ないのだが、草原で狩りを行っている男達や外で野草を摘み取っている女達が度々襲われたり、酷い時には村までやってきて食料をあらかた奪っていくのだそうだ。
「このままでは、私達の平穏な生活は脅かされていく一方です」
村長は悲痛な声色で僕達に訴えかける。
「どうぞお願いです。あなた方のお力で、彼らを退治してもらえないでしょうか」
「いや、あの僕は全く」
「はい、アタシ達に任せて下さい」
僕の否定より素早く、ミレナが即答する。途端に村長の顔はパッと明るくなった。
「おお、ありがとうございます! 頼もしい限りです」
詳しい話はまた後ほど、と言い残して村長とお付きの青年は小屋を出ていく。扉がバタンと閉まってすぐに、僕は彼女に異論を唱えた。
「ちょ、ちょっと。どうして僕の事は否定しなかったのさ」
「え、何か不都合でもあった?」
「だって僕、ゴブリンとなんて戦えないのに」
「別に戦う必要は無いわよ」
「じゃあ、何をしろっていうのさ」
彼女はニンマリと歯を見せて笑って、
「もしもの時の囮」
と、聞き捨てならない台詞を発する。僕はすぐに硬直した。
そんな僕の様子をしばらく眺めて、彼女は噴き出す。
「そんなに真に受けないでよ。ただの冗談」
その言葉に脱力して、僕は座っていた椅子に力無くしなだれかかった。
「何だよ、それぇ」
「ごめん、ごめん。別に否定しなくても良い事だって思ってただけ。実際にはアタシしか戦わないから、アンタは横で見ているだけで良いわよ」
「それなら安心だけど……でも、ちょっと意外だな」
「意外? 何が?」
「いや、さ」
僕は頬を掻きながら、言葉を選びつつ答える。
「ミレナって、その、あんまり無償で人助けしないようなタイプに思えたから」
「何よ、それ」
彼女が苦笑いを浮かべ、僕もそれにつられて口元を緩める。
「タダで人助けするわけないじゃない」
「そうだよね、そんなわけないよね」
「そうそう」
「あはははは……ってええ!?」
僕は自分の顔があっという間にひきつるのを感じた。
「ちょっと。そんなに目玉飛び出すくらい驚かなくても良いじゃない」
「だ、だって」
「別にアタシの方から何かを要求するわけじゃないわよ。問題を解決してあげたら、向こうの方からお金とかくれるの」
「……それって、ちょっと計算高くない?」
「ギブアンドテイクなんだから問題ないの」
それに、と彼女は困ったような表情を浮かべる。
「実は、さっきここの村人達に払ったので、お金がほとんど尽きたの。そろそろ稼いどかないと、せっかく町を見つけても必需品とかを揃えなくなっちゃう」
「……なるほど」
旅するってのも大変なんだな、と僕は半ば他人事のように感じた。
そして、次の日の朝。僕とミレナは村人に先導されて、ゴブリンが巣くっているという洞窟に向かったのである。




