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「皆さん、回復したようですね。良かった」
笛吹の少年は口元に当てていた横笛を下ろし、ホッとしたような笑みを浮かべる。彼の言葉に振り返ると、僕同様に麻痺状態が治ったらしい二人の少女と、その場に硬直しているメランディオマザーの姿が目に入る。
――あれ?
先ほどまではあれだけ凶悪に暴れ回っていたというのに、今はまるで根の生えたように大人しくなっている植物系魔物の光景に、僕は首を傾げた。一方、
「アンタ、一体何をしたの」
僕達の側まで走ってきたミレナは、息を切らしながら笛吹の少年に問いかける。
「そうだよ。あたし、てっきりあのまま死んじゃうかと思ったのに」
同じく駆け寄ってきていたセティも、困惑の色を顔に浮かべていた。
「横たわりながら君の演奏を聞いてたら、何だか体が楽になっていってさ」
「これもちょっとした、笛吹に伝わる秘術なんですよ」
ヴィリンは平然とした様子で口を開いた。
「意識を取り戻したら、皆さんが花粉を受けて倒れていて……幸い、ボクは部屋の端の方にいましたから、麻痺毒を食らわずに済んだんです。さっきの演奏は体の自然治癒力を一時的に高める効果があって、それで皆さんは状態異常から回復したんですよ……あの演奏はかなり神経をすり減らすので、もう一回同じことをするのは無理ですけど」
そう説明する彼の額には、珠のような汗が幾つも浮かんでいた。
「なので、後はよろしくお願いします」
「よろしく、って?」
「この部屋の主を倒さないと、ボク達はここから出られないんでしょう?」
僕の問いかけに、笛吹の少年は未だ沈黙を保っているメランディオマザーに視線をやりながら、
「ボクに、魔物と戦う力はありませんから。この後は、皆さんにお任せするしか」
「けどさ。君の演奏を聞いてからアイツ、あたし達を襲おうともしてないけど」
僕の抱いていた疑問を、セティがそのまま代弁する。
「ああ、さっきの演奏にはボク独自のアレンジを加えておいたんです。暫く魔物の動きを止められるように」
「それ、かなり凄いスキルなんじゃ……」
「いえ、それほどでもないですよ」
僕の発した感嘆の呟きに、少年は事も無げな口調で答えながら笑った。
「今は無駄話をしている余裕なんてないわ」
ミレナが緊迫した口調で会話に割り込んできた。
「魔物の動きを止められるように演奏したって言ったわよね。どれくらいの間、効果があるの?」
「そんなには保たないと思います。今にも正気に戻るかも」
「そう……なら、根っこを取っ払って逃げ道を作るなんて余裕は無さそうね。アイツを討伐するしかないわ」
「でも、どうやって倒す?」
「とにかく攻撃を当て続ける。それだけよ」
僕の質問に、ミレナは簡潔に答える。
「そんな力任せな……」
「じゃあ、他に何か良い案でもある?」
「それは……無いけど」
「なら、覚悟決めなさいよ。幾ら、あの変なオーラで強化されてるっていっても、アイツだって不死身じゃない筈。辛抱強く攻撃を与え続ければ、いつかは倒れるに違いないわ」
「けど、正面突破するには八方塞がりって感じじゃない? パワーアップしてから、あたしの魔法も効かなくなっちゃったし。ミレナの剣だってそうでしょ?」
「……それでも、決定打を与える方法がない以上、地道にダメージを蓄積させていくしかないわよ」
――決定打……。
彼女の発した言葉に、僕はうーんと頭を捻らせる。今のメランディオマザーは攻撃力だけでなく防御力も、オーラを纏う以前に比べて格段に上昇している。触手はミレナの斬撃をたやすく弾くほどに硬質化しているし、物理的な耐性だけでなく、セティの氷魔法も大したダメージを与えられていない状況だ。何か、相手に致命傷を与えられるような作戦を取れればいいのだが。
――相手が子供ならまだ簡単だけど、あの図体だからなぁ……。
母親ではなく子供との戦闘の記憶を振り返っていると。
――あっ。
ふと一つの映像が脳内に浮かび上がり、僕の心に一つの閃きが生じた。
――もしかしたら、これならいけるかもしれない。
「ねぇ、ミレナ」
「何よ」
「メランディオマザーと普通のメランディオって、特性は殆ど一緒なんだよね」
「大体はそうだけど……それがどうしたの?」
「うん、あのさ」
先ほど閃いた考えを伝えると、ミレナは翡翠色の瞳を大きく見開いて、
「……アンタって時々、奇抜なこと思いつくわよね」
「でもさ、やってみる価値はあるアイデアだと思うよ」
セティが口を開いた。
「どうせ、このまま正攻法でぶつかっても、ジリ貧になっちゃうことは目に見えてるしさ。レンの作戦に賭けてもみるのもいいんじゃない?」
最初は渋っていた様子のミレナも、彼女の言葉で決意を固めたようで、
「……そうね、他の手を考える時間も無さそうだし」
と、魔物に鋭い視線を移す。演奏の効力が切れたのか、メランディオマザーは活動を再開した様子で、無数の触手を遅延とした動作ながら揺らし始めていた。もう、猶予は殆ど残されていないだろう。
「二人とも、覚悟はいい?」
僕達に呼びかけながら、剣士の少女は自らの武器を力強く構え、敵を見据える。
「魔力は残ってるし、あたしの方はいつでもいいよ……レンは?」
「……僕も、大丈夫」
「ちょっと、立案者が弱気な声を出さないでよ」
呆れたように、ミレナはこちらを振り返って、
「この作戦、アンタの役割が一番大事なんだからね。アンタが失敗したら、アタシの命が危ないんだから」
「うん、分かってる……絶対に、成功させるから」
「当然よ」
彼女は再び前を向いて、
「頼んだわよ……アンタのこと、信じてるから」




