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「そのために、温存していたアイテムを総動員するわよ」


「アイテムを?」


「そ、マジックカードはぜんぜん使ってないでしょ?」


「……あ」


 言われてみればそうだった。ミレナの剣とセティの魔法だけで十分に事足りたので、速攻性に長ける攻撃アイテムを使う機会は殆ど訪れなかった。使用する際にも氷属性のカードばかりを選択していたので、残りの属性のカードは全て持て余している。


「確か、カードは全部アンタに持たせてたわね。少し頂戴」


 そう言って、剣士の少女は片手を差し出してきた。僕は荷物の中から炎属性でないカードを数枚選び、彼女に渡す。


「じゃあ、作戦的には正攻法ってカンジ?」


「そうね、とにかく一匹ずつ倒していくわよ」


 セティの問いに、ミレナは左手にカードを、右手に剣を握って構えながら答える。『母親』や『兄弟』と意思疎通を取ったのか、メランディオ達は横に長い隊列を組むような形で、徐々に僕達との距離を詰めてきていた。


 決死の乱戦が始まった。剣士の少女はたった一人で最前線を死守し、右手の剣で接近してくる敵を斬り裂きながら、左手に掲げたカードで牽制用の魔術を周囲に撒く。魔術士の少女はひたすらに文言を唱え、敵の苦手とする氷魔術を発動させ続ける事に注力していた。僕もまた、地属性魔法やマジックカード、それに大剣を用い、二人のサポートを主として立ち回る。


 数の利を存分に生かして突っ込んできたメランディオ達だが、下の階で幾度となく戦闘を繰り広げた経験が、僕らにとっては幸いだった。既に彼らとの戦い方を熟知していた僕らは、敵を一匹ずつ、確実にしとめていく。メランディオマザーのパワフルな触手にさえ注意していれば、子供達の単調な攻撃は物の数ではなかった。


 長時間に及ぶ死闘の末、僕達は母親の子を全て倒した。


「邪魔者は全部片づけたから、今度は敵のボスに肉薄して攻撃を加えるわよ!」


 最後に残っていた一匹が首を斬られ崩れ落ちた後、ミレナは声を張り上げて叫んだ。


「うん、分かった!」


「援護は任せて!」


 僕とセティはそれぞれに詠唱を始める。メランディオマザーに向かい、単独で突っ込んでいくミレナの後ろから、彼女を支援する為の魔法を放った。


 『ロック』と『アイスニードル』の織りなす奔流が、雪崩のように宙を駆け抜ける。自身に向かって突撃してくる人間の少女を迎撃しようと触手を伸ばしかけていた敵は、慌てて僕達の魔法から身を守ろうとする。


 しかし、体を庇うように戻された無数の触手群も全ての攻撃を防ぎきることは出来なかった。敵の防御を突破した幾つもの岩石と氷柱が、巨大植物に容赦なく襲いかかる。強靱な根を張って身体を固定していたとはいえ、怒濤のように押し寄せる衝撃はそれなりに効果があったらしい。メランディオマザーは僅かに全身をたじろがせた。


 そして。その隙を見逃す彼女ではない。


「てやあっ!」


 勇よい叫びを上げた少女の繰り出した剣の切っ先が、母親の喉元に深く突き刺さった。まるで悲鳴を上げるかのような痙攣を起こした後、メランディオマザーは地面に強固な根を張ったまま、太い茎の根本を潰すかのような形で後ろに倒れる。


 魔物の上半身が床の上に叩きつけられた瞬間、強烈な振動が広間を揺るがした。


「何だか、動かなくなっちゃったけど……倒せたの?」


 メランディオマザーに恐る恐るといった調子で近づきながら、セティが小声で問いかける。


「ええ、まだ完全に息の根は止めてないけど、もう活動する気力すら殆ど残っていないと思うわ」


 ミレナは注意深く相手の様子を観察しながら答えた。


「そっかぁ……長い戦いだったね」


 魔術士の少女はうーんと背伸びをしながら、


「あんまり魔法を連発したから、もうクタクタだよ」


 と、疲労と安堵の綯い交ぜになった呟きを発した。


「そうだね、僕もすごく疲れたよ」


 相槌を打ちながら、僕もホッと一息をついた。取りあえず、このダンジョンのボスは倒した。そう考えると、何だか偉業を成し遂げた達成感のような物が胸に広がって、とても誇らしい気持ちになった。


「うわぁ、これがこの塔の主だった魔物ですか……近くで見ると、更に迫力がありますね」


 仰向けの状態で倒れているメランディオマザーのすぐ側にしゃがみこんでいるヴィリンは、その大きな花弁の中を興味深げに眺めていた。


「ちょっと、アンタ。そんなに近寄ったら危ないわよ」


 ミレナが注意の言を彼の背中に投げかける。


「いくら倒したとはいっても、まだ生きてるんだから。瀕死状態だからって、油断は禁物……」


 だが、彼女が自分の言葉を口にし終える前に。


 少年の体が高く宙に投げ出されたかと思うと、彼は広間の壁際に勢いよく叩きつけられた。


「ヴィリン!?」


 突然の出来事に、僕は戸惑いながら声を上げた。床に投げ出され、力なく倒れ込んだ彼の元に走り寄ろうとするも、


「隙を見せないで! やられるわよ!」


 ミレナの怒声が、僕を止めた。ハッとして振り返ると、先ほどまで倒れていた筈のメランディオマザーの、遅延とした動作で上体を起こす姿が視界に入った。


――そんな、傷が……。


 自分の目を疑った。何故なら、先ほどミレナによって貫かれた魔物の首の傷が、完全に塞がっていたからだ。


 それだけではない。メランディオマザーの全身が、紫がかった黒い霧を帯び始めていることに、僕は気がついた。

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