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 ミレナと出会って三日が経ち、僕は彼女の事がだいぶ分かってきた。基本的には明るい性格で、剣士としての修行には熱心に励む。ただし、寝起き等はすこぶる気分が悪く、そして興味のない事に対して極度の面倒くさがりだ。


 一緒に旅するようになって、朝昼晩の食事はほとんど僕が作ったし、数々の生活用品に食料が詰まった大きなバックパックは僕が背負う羽目になった。時折は休憩をはさむにしても、ずっと歩きっぱなしでは疲労も溜まる一方だ。


「……ねえ、時々は交代してくれない?」


 ある日、僕は体中の筋肉痛が堪えきれず彼女に訴えた。しかし、手荷物が腰の鞘に差している剣のみの彼女は、僕をジト目で一瞥して、


「もし魔物に襲われたら、アタシが戦わなくちゃいけないでしょ。そんなのからってたら初動が遅れるんだから、アンタが背負うのが合理的でしょ」


 と返してきた。そして、それは紛れもない正論である。そんな事を言われれば、僕は不満の返しようも無かった。まさか、僕が魔物と戦わされるわけにもいかないからだ。


 これまでの日々で、僕と彼女は広大な草原を黙々と歩いた。時折、ゴブリン等の魔物に襲われる事もあったが、その度に彼女は慣れた調子で彼らを追い払い、時には倒した。素人目に見ても彼女は確かな剣の技量を持っていて、戦う術を持たない僕にとってはとても心強かった。


 モンスターが出なければ、草原はとても穏やかな場所だった。流れる風に草花が揺れ、蝶々があちこちで楽しそうに舞い、狐がひょっこり顔を出してはすぐに引っ込める。いつか手こずらされた黄色いウサギがいきなり飛び出してきた時は心臓が止まるかと思ったが、ミレナが逃げ去ろうとしたそれをいきなり斬りつけた時も仰天した。何となく、女性にあるまじき行動だと思ったのだ。


「なんで、わざわざ殺したの?」


 僕の質問に、彼女はウサギの死体を持ち上げながら明るい調子で答える。


「だって食べれるでしょ」


「え? でも、そのウサギって噛まれると全身が麻痺して……」


 すると、彼女の方も目を丸くして、


「アンタ、もしかして『痺れウサギ』知らないの?」


 と、不思議そうに訊ねてくる。


「それ、痺れウサギっていうの?」


「そうよ。牙には麻痺毒があるけど、人に自ら危害を加えるような事はしないし、何より」


 と、ミレナは満面の笑みを浮かべる。


「舌がピリッてする感覚がして、すっごく美味しいの!」


「……そ、そう」


 その時の僕には、彼女がすごく野生的な人間のように思えた。ずっと一人旅を続けていれば、自然とこのようになるのかな、とふと考える。


 その日の夕食に、僕は痺れウサギの肉を口にした。彼女の言う通り、確かに美味しかったけれど、舌がピリッとする感覚はあまり好きだとは思えなかった。記憶が無いので詳しい事は分からないけれど、どうやら僕には馴染みの無い味だったらしい。






 旅を始めて一週間が経つと、自然だらけの景色を見ても目新しさが薄れていった。


「ねえ、ミレナが向かっている場所ってどこ?」


 彼女と並んで舗装されていない雑草だらけの道を歩きながら、僕は質問した。


「向かってる場所? 無いけど」


 あまりに彼女が平然と言ったので、僕は驚いた。


「それじゃ、僕達が進んでる方向に町とかは?」


「うーん、町はあるか分かんないけど、村くらいならあるんじゃない?」


 かなり曖昧な返答である。


「……それで大丈夫なの?」


「別にわざわざ人気のある所を選んで歩かなくても、剣の修行は出来るし。周りに自然があれば自ずと食料も手にはいるしね。今までもこれで何とかやっていけてるし」


 ――剣士って、みんなこうなのかな?


 僕は心の中で戸惑いながら呟いた。


「それに、誰も入った事が無いダンジョンが見つかるかもしれないしね」


 ダンジョン、という単語に僕の耳は反応する。


「その、ダンジョンって、いろんな所にあるの?」


「そうみたい。あまり人に知られてないのがほとんどらしいけど」


「ミレナもダンジョンに入った事ある?」


「そりゃ、あるわよ。そういう所って、剣士の修行には最適なんだから。会った日に言わなかったっけ?」


 そういえば、人気の無い所を探索していたと聞いていたような気がする。


「強いモンスターとか、いたり?」


「まあ……こういう場所にいるのよりは手強かったりするかな」


「お宝が見つかったりした?」


「そんなに大したものじゃなければね。高く売れる宝石とか、薬の材料になる生き物の一部とか」


「やっぱり、宝箱とか落ちてるの?」


「落ちてるわよ。ていうか、わざわざダンジョンに出向く人間の目的がそれでしょ」


「そうなの?」


 僕は何だか、『ダンジョン』という単語に違和感を覚えた。彼女の口にしている『ダンジョン』の意味と、僕の知識としてある『ダンジョン』の意味が、微妙に異なっているような気がする。


「確か、倒れてたっていうダンジョンでアンタも見たんでしょ。宝箱」


「うん。中身を取ったら消えちゃったんだけどね」


「宝箱っていうのは、一度空っぽになったら一旦どこかへ消えて、そしてまた中身が入って違う場所に現れるのよ」


「どうして、そんな事が分かるの?」


「昔、優れた賢者が宝箱に魔法をかけたっていう話があるのよ」


「おとぎ話?」


「そんな感じ。実際に、川で洗濯してたらいきなり目の前に宝箱が現れたっていう話も聞くしね」


「でも、それならダンジョンの中だけに宝箱が現れるってわけじゃないんでしょ」


「もう、少しは頭を使いなさいよ」


 ミレナは肩を竦めて、


「人が訪れない、または人が近寄らない場所に宝箱が現れたらどうなると思うの? それも複数」


 彼女の問いかけに、僕は歩みを進めながら考え込む。しばらくして、僕は彼女の言わんとしている事に気がついた。


「……あ」


「分かった?」


 ミレナは得意げに指を立てて解説し始める。


「人気のない場所に現れた宝箱はずっと放置されるの。それで、ダンジョンにはそんな宝箱が沢山落ちてるわけ。冒険者とかが好んでダンジョンに行くのはそのせいなの」


「なるほど……」


 話を聞いているうちに、僕も胸が高鳴ってきた。確かに何が入っているか分からない宝箱というのは、ロマンがある気がする。ダンジョンの事について訊ねたのは、自分のルーツを知りたい一心からだったが、今では僕もいつかダンジョンに眠る珍しい宝物を手にしてみたいと思った。


「あ」


 その時、彼女が何かに気づいたように声を上げる。


「どうしたの?」


「ほら、あそこ」


 彼女が指し示した方向の奥には、手入れの行き届いた広大な畑と、いくつかの民家と思しき建物が見えた。


「村があるみたい」

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