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「ふぅ、流石に十階が近づいてくると、敵も相当手強くなってきたね……」
「それだけ、ダンジョンの深部まで到達したってことよ」
会話するセティとミレナの目の前には、魔術と斬撃によって絶命したメランディオ達が転がっていた。見た目こそ下の階で見かけた同族と同じだが、強さに関しては明らかに上回っていた。何しろ、ミレナの斬撃が茨の腕で受け止められるという事態が起こったくらいだったのである。
今までの小部屋とは雰囲気の異なる、塔の外周に面した、外の景色を伺うことの出来る広々とした空間での戦闘だったので、彼女が俊敏な身のこなしを存分に発揮出来たのは幸いだった。
「ダンジョンの深部かぁ。九階でこれくらいだと、最上階だとどれくらい強いんだろ……あれ?」
「どうしたの、セティ」
急に素っ頓狂な声を上げた魔術士の少女に訊ねると、彼女は塔の外周に沿って続いている道の彼方を指さして、
「ほら、あそこ」
と、未だに信じられないといった語調で僕の質問に答えた。
「男の子がいるみたい……それも一人で」
「男の子?」
セティの指先を目で追いながら、僕も戸惑いの声を発していた。塔の外壁とも呼べる、少し床からせり出した部分。少しでもバランスを崩せば外に転落してしまいかねないその場所に、一人の少年が腰掛けていた。彼の被っている特長的な緑のとんがり帽子と、口元に構えている長い横笛が目に入った瞬間、僕は思わず呟く。
「あの子は……」
「知ってるの?」
「うん、君とばったり会う直前に、噴水広場で……」
問いかけてきたセティに事情を話そうとした、その時。僕達の存在に気がついたらしく、少年は外壁から立ち上がり、歩み寄ってきた。自分だけの世界に浸っていたのか、どうやら先ほどまで行われていた激戦には気づいていなかったようだ。
――こんな魔物だらけの場所で、そうとう肝が据わってるっていうか……。
「どうも、最近はよく会いますね」
初めて会った時と同じ礼儀正しい口調で、彼は僕に挨拶してくる。
「ここに来られたということは、貴方の方もやはり気分転換に?」
「うん、そうだけど……君の方は」
「僕も同じような理由ですよ」
少年は微笑を浮かべ、美しい紺の髪を掻き上げた。
「前にお話したとき、言ったでしょう。僕もこの塔には少し興味があるんだって」
「ねえ」
傍らで僕達の会話を聞いていたミレナが、横目で少年をチラチラと見やりながら口を挟んでくる。
「この子、アンタの知り合い?」
「うん、彼は……」
噴水広場での一件を、僕は掻い摘んで二人に説明した。
「へぇ。つまり、アンタにこのダンジョンの事を教えたのが、この子なわけね」
「ヴィリンといいます」
少年は自らの名を口にした。
「こんな小さい年から、一人で旅してるなんて凄いなぁ」
感嘆の目つきで、セティは少年――ヴィリンをまじまじと見つめる。
「あたしなんか、都で生き抜くので精一杯なのに」
「ボクも似たようなものですよ」
彼は肩を竦めながら笑った。
「笛を吹いてお金が集まらないと、その日に食べる物にも困ってしまいますから。音色に飽きられると、また別の土地を目指さなきゃいけませんし」
「でも、よく一人でこんな危ない所まで来れたよね。やっぱり、実は戦闘も得意だったりして」
「いえ、ボクは争い事が苦手で」
「え? じゃあ、どうやってここまで上ってこれたの?」
「魔物から逃げ隠れしながら、コソコソと階段を上ってきました」
セティの質問に、ヴィリンは落ち着いた調子で答えた。
「粗方は他の冒険者の方々が退治してくれていたので、皆さんに紛れるような形で、何とかここまで」
「何とかここまでって……それにしたって凄いよ」
相当な度胸が無ければこんな深部まで進めないだろう。
「けど、流石にもう引き返した方がいいんじゃない?」
赤髪の少女は心配そうな表情を浮かべながら、
「この先って行き止まりになってるらしいし、もう他の冒険者の姿もめっきり見かけなくなったし」
「うん、一人きりでこれ以上進むのは危ないと思うよ」
僕も、彼女に同意して頷いた。しかし、
「そうなんですか? けれど、せっかく此処まで来ましたし……」
ヴィリンは僕らの言葉に悩む素振りを見せた後、
「そうだ」
と、何かを思いついたように声を上げた。
「あの、今から皆さんとご一緒させてもらえませんか?」
「僕達と一緒に?」
寝耳に水の話に、僕達三人は顔を見合わせる。
「ええ、絶対に戦闘の邪魔にはなりません。それは約束します」
「うーん、僕は構わないけど」
頬を掻きながら、僕は他の二人の意見を仰ごうと視線を向ける。
「あたしもオーケーだよ。ほら、旅行は人数多い方が楽しいっていうし」
旅行なんてしたことないけどね、とセティは小さく笑った。
「ミレナは?」
「そうね……アタシ達に同行するのは構わないけど」
腕組みをした剣士の少女は、厳しい口調で言葉を紡ぐ。
「でも、戦闘に参加しない以上、戦利品は」
「はい。勿論、分け前は要求しないですよ」
彼女の声を遮って、ヴィリンは朗らかに笑った。
「僕はただ、このダンジョンの最深部がどうなっているのか、ちょっと興味があるってだけですから。財宝目当てってわけでも無いですし」
「そう……ならいいわ」
こうして、笛吹の少年は僕らと同行することになったのだった。




