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ミレナと旅をするという事になって、僕は心底ホッとした。何も頼れず一人で途方に暮れるより、この世界に詳しい人間と旅をする方がずっと安心だ。彼女は自分用の寝袋しか持っていなかったので、僕は固い地面の上で何も被らずに眠る事になったが、それでも構わなかった。なかなか寝付く事が出来なかったが、焚き火の踊るような明かりの中、薄暗い地下では見る事の出来なかった星の瞬く夜空をしばらく眺めていると、心が癒されて意識が次第にまどろんでいった。眠りにつく頃には、草原で感じたこれからの旅に対する不安は微塵もなく消え去っていた。
しかし、翌朝。僕が抱いていたこれからの日々に対するイメージは間違っていたと実感させられたのである。
「ほら、起きなさいよ」
「ん……」
体を揺さぶられ、僕は閉じたがっている眼を擦りながら起き上がった。まだ辺りはほの暗く、どうやら早朝のようだ。昨日は眠りに入るのが遅かったので、ほとんど睡眠を取れていない。
僕は大きな欠伸をしながら背伸びをする。見ると、ミレナの頬は上気していて、額には玉のような汗を流れ、右手には剣が握られている。今まで素振りでもしていたのだろうか。
「おはよう……」
僕が挨拶すると、彼女もぶっきらぼうに、おはよう、と返した。
「早速だけど、今から食事作って」
突然の事に、一気に僕の頭は覚醒した。
「え、食事?」
「そ、よろしくね」
言い終わると、彼女は僕から離れ、両手で剣を握りしめると、何やらぶつくさ回数を呟きながら振り始めた。
「僕、料理の事なんか全然分かんないよ」
「適当に煮込む事くらい出来るでしょ」
彼女は僕の方に視線を移すことなく言った。
「で、でも。火は消えてるし、食材とかも」
焚き火は既に燃え尽きているし、鍋の中身は空っぽである。
「バックパックの中にマッチとか食材とか入ってるから。木の枝はそこら辺から適当にかき集めて。水は近くに川があるから、そこで汲んできて」
言葉通りに行動すると、タマネギやニンジン、キャベツ等の野菜といくつかのよく分からない調味料、水の入ったそれにマッチ箱を見つける。僕は素振りに取り組んでいるミレナを残し、枝集めへと向かった。
森の中なので、地面に落ちている折れ枝を見つける事は簡単だった。僕はしゃがんでそれらを拾い集める。
――んー、なんだか良いように扱われている気がするぞ?
黙々と作業に勤しんでいる間にそんな思いが湧いたが、昨日の事を考えるとそんな不満を抱くわけにもいかない。彼女は僕の危機を救い、食べ物と安心な寝床まで提供してくれたのだから。これくらいの使いっぱしりは我慢するべきの筈だ。しっかりと自分に言い聞かせ、僕は止めていた手を再び動かした。
両手に一杯の枝を抱え、僕はキャンプの場所へと戻る。彼女は既に素振りを止めて、自らの寝袋にくるまっていた。どうやら、僕に料理を任せて、自らは休養を取るつもりらしい。
――どうしよう。
僕は途方に暮れた。料理に対して不安があったので、所々で彼女に助言をもらいながら調理しようと思っていたのだが、眠られているとそれが出来ない。起こそうかとも考えたが、朝からの修行で疲れているだろうし、それも気が咎めた。
とにかく、水汲みに行こう。僕は木の枝を置いて代わりに空っぽの鍋を持ち、今度は川の方へと足を向ける。枝集めの最中に見かけていたので、場所は分かっていた。なかなか流れの速い川で、落とさないように注意しながら鍋を水洗いし、中に水を溜めた。
水汲みを終えても、まだミレナは寝袋の中で眠っていた。取りあえず僕はマッチ棒を取り出し、火を付けて集めた枝の中に放り込む。やがて、パチパチと陽気な音を立てて火が弾けていく。そのまま炎は燃え盛っていった。その上に器具を使って鍋を固定する。彼女を起こすか起こすまいか悩んでいるうちに、水は沸騰してグツグツと音を立てた。
――もしかして、こうなる前に野菜とか入れとかないといけなかったのかな?
様々な不安や疑問が勢いよく頭の中に押し寄せてくる。
やがて、僕は考えるのを止めた。
――こうなったら、適当に入れちゃえ!
僕はバックパックの中から適当に野菜を放り込み、何やら分からない粉末上の調味料をドバッと入れる。透明だった汁が、次第に不気味な黄土色にまで濁っていった。
――結果。
「何コレ!」
数十分後に目を覚ましたミレナは目を丸くして鍋の中身を凝視した。そして、僕の方を怒りに満ちた形相で睨みつけ、僕はたまらず萎縮する。
「だって、適当に煮込めば良いって」
「それにしたって限度があるでしょ! 食材切ってすらないし! 調味料は後から加えたって大丈夫なのに!」
「本当は聞こうかなって思ってたけど、でも起こしたら不味いかなって」
「……もういい。アタシが馬鹿だった」
ミレナは盛大に溜息をついて、
「今日の昼はアタシが作るから、その時にしっかり覚えてよね」
こんな調子で、かなり最悪な朝食を僕達は迎えた。それぞれの椀に、そのままの形の野菜と見るだけで食欲を失うような濁汁がよそおわれる。僕は意気消沈な気持ちでそれを眺める。彼女も恐らく同じ心境だろうという事は、表情を見ればよく分かった。長い沈黙の後、僕たちはほぼ同時に口へ運ぶ。
そして、どちらからともなく呟いたのだ。
「……あれ?」
「……へ?」
――意外にけっこう美味しかった。




