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13

 直進する道と右に折れる道のうち、ミレナは右折する方を選択した。暫くは分かれ道や突き当たりも無く、真っ直ぐな道が続いていく。


そのまま探索を続けていくうち、メランディオ四体という、これまでにない大所帯と遭遇した。長く直進の続く通路の途中、最初から逃走という選択を取るわけにもいかない。運が悪ければ、後退することで挟み撃ちに合う危険性もあるからだ。


 これまでの戦闘と同様に、僕達はミレナを先頭にセティを守るような陣形を取る。敵の数が多いせいか、ミレナは速攻を仕掛けた。橙色の髪が踊るように宙を舞ったかと思うと、横凪ぎに振り払われた銀の閃光が、瞬く間に二匹の両腕を同時に切り落とす。一回の攻撃で、彼女は複数の敵をある程度無力化することに成功した。まさに、彼女の卓越した技量が為せる技といえるだろう。


 勿論、四肢が無事である残りの二匹は、突っ込んできた剣士の少女に襲いかかろうとする。しかし、彼らの動きは前方から飛んできた無数の岩々によって阻まれた。敵を足止めする為に、僕が地属性魔法『ロック』を間髪入れずに発動させたのだ。


 文言を口に出して唱えずに術を発動させる方法、いわゆる『省略詠唱』を取っていたので、威力自体は通常の詠唱に比べて格段に落ちる。僕の放った岩の数々は、繰り出された茨の腕によって、いともたやすく粉砕された。もはや石と呼ぶべきほどコナゴナに砕かれた岩の残骸が、パラパと四散する。


 僅かな時間稼ぎに過ぎないが、それでも、『彼女』の詠唱を完了させるには十分だった。続けざま、赤髪の魔術士の両掌から雨霰の如く発射された無数の氷柱群が、斬撃を食らっていないメランディオ達に浴びせられる。自分達の苦手とする冷気の塊が全身に突き刺さったことで、植物系魔物達は倒れずとも堪らず仰け反る。瞬間、間合いを一気に詰めた少女の愛剣が、弱っていた彼らの首を立て続けに跳ねる。これで、敵の半数は倒しきった。残りの二匹も、両腕を無くしたことで戦闘力を奪われている。


 しかし、彼らも黙ってやられるのを待ち続けてくれるほど、楽な相手ではない。


「レン、来るよ!」


 魔法を発動した直後のセティが、後方で注意を促してくる。声を掛けられなくても、自分の目にはハッキリとこちらに向かってくる生き残り達の姿が移っていた。彼らの考えとしては、接近戦で無類の強さを発揮するミレナではなく、牽制以外の行動を取っていない僕と、自分達の弱点である厄介な術を操るセティを先に排除する算段に切り替えたのだろう。


 幾ら酷い傷を負っている敵とはいえ、近づかれてしまえば僕の後ろにいる少女は無力だ。何としてでも自分の所で相手の行動を食い止めなければ。僕は詠唱の際も絶えず両手で握りしめていた大剣にいっそう力を込める。両腕を失った彼らはきっと足で攻撃してくるだろうと、自分の中で予測をつけていたからだ。


 しかし、立てた予想は呆気なく裏切られる。


――え?


 思わず、僕は戸惑いに両目を瞬かせた。すぐ二、三歩先まで近づいてきた彼らは、僕の眼前で妙な仕草を取り始めたのだ。伸縮性の高そうな茨の足を僕の方へ振り上げることもなく、何故かクネクネとダンスをするように左右へ動かしながら、毒々しい色彩の紅い花弁をこれ以上ないほどにパッと広げる。相手の挙動に一体どんな意図があるのか、理由も分からず困惑しきっていると、


「下がって! その動作はワナよ!」


 ミレナの焦ったような叫びが、すぐさま耳に届いた。しかし、時は既に遅く。咲き誇る花弁が痙攣を起こし始めたかと思うと、すぐさま激しい振動を起こし、花の色と同じ真っ赤な粉塵を噴出し始めた。


――これは……花粉?


 心の中で呟いたも束の間、視界が紅を帯びていく。途端、鼻先をツンとくる強い刺激臭が突いた。同時、花粉が目に染みて涙が滲む。


 しかし、こういった苦痛に苛まれるのも、僅かな間だけだった。


――あ、れ?


 両手に力が入らない。そう感じた時には、既に武器を取り落としていた。急激に体が命令を受け付けなくなっていく。指先に命令が伝わらなくなり、鼻が利かなくなり、視界が紅い靄のかかったようにぼやけていく。


――体が……動かな……。


 辛うじて身体を支えていた足も、とうとう我慢の限界を迎えた。上体を庇うような動作も出来ず、僕は後ろ側に仰向けの体勢で倒れる。しかし、背中からもろに地面へと叩きつけた筈であるのに、不思議と痛みは感じなかった。痛覚だけではない。聴覚も、味覚も、視覚も、嗅覚も。全ての神経から感覚が抜けていき、意識さえもが朦朧としてくる。


 物の輪郭の曖昧になった眼前の世界で、辛うじて赤と緑の大きな影二つが地に崩れ落ちるのが見えた。続いて橙色が目に飛び込んできたことから察するに、恐らくはこちらの方に戻ってきたミレナが敵の残りを片づけたのだろう。続けて、セティと思しきシルエットも倒れている僕の側に駆け寄ってくる。


「だ……じょ……しっ……て」


 どちらかが言葉を掛けてきたが、上手く聞き取れない。ミレナの声なのか、セティの声なのか、それすらも判別出来なかった。


「ど……しよ……この……まじゃ」


「あわ……な……やく……あ……から」


 程なくして、口の中に何かが流し込まれた。味も分からないその液体は、開けっ広げになっている咥内から喉を通り、僕の意思に関係なく食道を通って胃袋へ注がれていく。もし身体が自由に動くのであれば、不快な気分に吐いてしまっているに違いなかった。全身の感覚が曖昧なこの状態で、あまり苦痛を伴わないのは幸いといえるかもしれない。


――でも、何を飲まされているんだろう……。


 思考の纏まらない頭でボンヤリと考えているうち、徐々にではあるが自分の意識も明晰になってくる。まるで、一度は死んでいた四肢の神経が蘇っていくような感覚だった。


 やがて、網膜に映る景色が鮮明になると、自分の顔を覗きこんでいる二人の少女の姿が目に入る。


 何故か、口の中がひどく苦かった。


「あ、目がハッキリしてきた!」


「一応、回復したみたいね」


「えっと、さ」


 未だ痺れのような感覚の残っている上体をゆっくりと起こしながら、僕は問いかけた。


「さっきのは、何? 僕、一体どうなって」


「コイツらがアンタに吹きかけてきた花粉にやられたのよ」


 そう説明するミレナの視線の先を目で追うと、首と両腕を切り落とされて絶命している二匹の魔物の死骸が目に入った。


「『メランディオ』の花粉は麻痺症状を引き起こすの。アンタは二匹分の花粉をもろに食らっちゃったから、毒の進行も早くてコロリとやられちゃったってわけ」


「そうだったんだ……でも、今は身体もだいぶ楽になってるんだけど」


「ミレナがアンタに治療薬を飲ませたんだよ」


 今度は、セティが解説を入れてきた。


「ほら、道具屋で沢山購入していたやつ」


「ああ……」


 あの時の準備は、こういう事態に備えてのものだったのか。


「ミレナ、ありがとう。お陰で助かったよ」


「まあね」


「でも、いきなりだったからビックリしたなぁ」


「さっき、ちゃんと言ったじゃない。植物系の魔物らしく花粉で攻撃してくるのも、アイツらの厄介なところだって」


 確かに、さらっとそんなことを口にしていたような気もする。


「でも、今までの戦闘では一度も使ってこなかったから」


「ああ、アレはアイツらにとっても『奥の手』みたいなものなのよ。普通の植物系魔物とはちょっと違って、メランディオは花粉攻撃を使うと寿命を縮めるらしいから。その分、効果も強力なんだけど」


「え、そうなんだ」


 となると、先ほどの攻撃は文字通り、命を削る最後の抵抗だったのだろう。


「とにかく、これから先は敵の数も増えていくでしょうし、さっきのように麻痺毒を受けることも多くなるわ。治療の遅れは致命的な結果に繋がりやすいし、二人も回復薬はすぐ取り出せるようにしておきなさいよ」


 自身の身に付けている軽装鎧、その懐に忍ばせてある回復アイテムの量を確認しながら、ミレナは僕達に忠告した。

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