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あれから。『メランディオ』との顔合わせという前触れ無しのハプニングを、ミレナの活躍でどうにか乗り越えた僕達は、順調に探索を進めていた。
「それっ!」
明るい叫び声と共に、セティが開いた右掌を自らの正面に突き出した途端、何処からともなく鋭利な氷柱が出現し、彼女の前方にいた植物人間モドキに向かって大気中を突き進んでいく。次の瞬間、彼女の放った魔法は化け物の胸部に命中し、魔物は呆気なく地面に崩れ落ちた。
「よし、いっちょあがりっと。弱点さえ分かれば、そんなに怖い相手じゃないね」
腰に両手を当ててピクピクと痙攣する化け物の両手両足を見つめながら、赤髪の少女は得意げにガッツポーズした。
「そうだね、セティの魔法も効果テキメンみたいだし」
初エンカウント以来、僕達はダンジョン内で何度も『メランディオ』なる魔物と遭遇した。最初の一、二回程は最初同様に単体で彷徨いていた個体との戦闘だったのだが、階段を上るにつれ、タッグやトリオを組んでいる者達とも出くわすようになった。
当然、こちらも連携を取って戦闘を行っている。剣士のミレナが先頭に立って敵の注意を引きつけ、魔術士のセティが敵から離れた位置から詠唱を行い、僕は彼女達の中間位置で状況に応じて、買い込んだアイテムを時に消費しながらも、ミレナの援護やセティのカバーといった役割をこなすといった感じだ。
初戦闘こそ知識不足でミレナに助けられる格好となったセティだが、今となっては持ち前の実力を存分に発揮していた。ミレナのアドバイス通り、大半の植物が苦手としている冷気での攻撃はメランディオにも非常に有効であり、氷属性魔術を扱えるセティは僕達の中で最も敵に決定打を与えられる最重要メンバーと化したのである。
ちなみに、先ほど彼女の発動した魔法は『アイスニードル』と呼ばれるもので、分類としては氷属性初級魔術に属するらしい。文字通り、『鋭く尖った氷柱』を生成して敵の方に飛ばし攻撃するといったシンプルな魔法で、セティの最も扱い慣れた術ということだ。確か、僕と初めて出会ったときも使用していたと記憶している。
――改めて見ると、僕と違って、魔術の発動がすっごく軽快なんだよなぁ……。
セティの場合、『アイスニードル』を唱え初めてから発動までの間が短く、隙も少ないのだ。その上、僕と違って省略詠唱を行っているわけでもないから、威力は据え置きそのままという素敵使用だ。やはり、僕よりも魔術と長く付き合っている分、詠唱のコツも熟知しているのだろう。
探索を進めながら聞いた話では、彼女は特に『氷』と『炎』の属性魔術を得意としているのだそうだ。『炎』は何となく彼女のイメージと合っているのでなるほどと思えたのだが、『氷』の方はすごく意外だった。
「火属性が効かないって聞いたときはどうしようかと思ったけど……氷属性の方はちゃんと弱点で助かったよ」
「あくまでも炎に強いってだけで、その他の耐性について普通の植物系魔物とそう変わらないから」
「それにしても……ここまで来ると、だいぶ魔物とも遭遇するようになったね」
僕は辺りを見回した。茨に彩られた小部屋のがらんとした様子と、四方に伸びた通路が目に入る。現在、僕達三人は塔の四階に到達していた。階を上がるにつれて敵と鉢合わせすることも多くなったが、この階に来てからは頻度の上昇がやけに顕著に思えた。
「そうね、ここから先は、まだ他の人の探索の進んでいない地域なのかも……」
ミレナが思案げな顔つきで声を洩らした、その直後。
「……あ、冒険者の人達だよ」
思わず、僕はひそやかな声を上げていた。視界に、通路の奥から歩いてくる四人組の姿を捉えたからだ。大人の男女二人ずつで構成されていて、男二人はどちらも屈強な戦士タイプだが、女二人はというと、片方は町中でよく見かける典型的な魔術士の格好をしていて、もう片方はエリシアの着用しているようなアイレーヌ教の僧服を身に纏っている。一見して、何となくバランスの取れている感じがする組み合わせだった。
小部屋を通りがかった四人の方も、こちらの存在に気がついたらしい。しかし、彼らは僕達と魔物の死骸をチラリと一瞥しただけで、足早に部屋を横切っていった。
「ありゃー、無愛想な人達だね」
冒険者達の姿が見えなくなった後、セティが不満そうに口を尖らせた。
「あんな露骨に話しかけてくるなオーラ出されたら、こっちもいやーな感じになるんだけど」
「仕方ないのよ。さっきも言ったけど、同じダンジョンを攻略しようとしている以上、アタシ達は彼らにとってライバルなんだから。相手が窮地に陥ってでもいない限り、手を貸したり馴れ合ったりはしないわ。それが冒険者の作法ってものなんだから」
「そうは言ってもさ……まぁ、部外者があれこれ言っても仕方がないかぁ」
ちょうど、この辺りからが探索の及んでいない階層だったらしく、僕達は何度か探索中の冒険者達とすれ違った。
「……それにしても、一人だけで探索してる人は全然いないね」
「単独でダンジョンを歩き回るよりは、数人でパーティを組んで探索する方が安全でしょ? だからよ」
ふと気になった疑問をそのまま口にすると、先頭を行くミレナが口を開いた。
「集団行動が性に合わなくて、ソロでずっと活動し続けているヤツも全くいないってわけじゃないけど」
「ソロ?」
聞き慣れない言葉に、無意識のうちにオウム返しの問いを投げかけてしまう。
「一人でダンジョンに潜っている冒険者の事よ」
「へぇ……じゃ、僕と出会う前は、ミレナもソロだったの?」
「そうね……あの時は一人旅だったし、気ままに歩きながら修行してたから」
けど、いつもそうだったわけじゃないわよ。到達したT字路の先に注意深く目を凝らしながら、ミレナは口を動かした。
「街でメンバーを募集しているパーティがあれば一時的に加わったりもしたし、後はノルスみたいに旅先で知り合ったヤツと行動を共にしたりもしたし」
「ああ……そっか」
そういえば、二人は前から面識があったんだなと、僕は改めて思い出した。




