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「で、レンの方はどうしてこんな所でクレープ食べてるの? 誰かと待ち合わせ?」


「ううん。僕はちょっと休憩中。ずっと町中を歩き続けて、疲れちゃって」


「歩き続けてって、なんで?」


「依頼でさ、猫探しをしてるんだ」


「あー、依頼」


 僕の返事に、セティは訳知り顔で腕組みした。以前、買い物中に偶然彼女と再会したことがあり、その時に大まかな近況は伝えてあったのだ。


「そういえば、前に言ってたね。借金がどうとかって。それじゃ、まだ返せてないんだ」


「うん、だいぶ返済はしたんだけど、まだ結構な額が残っちゃってて」


「そんなに苦労してるなら、いっそのこと踏み倒しちゃったらどう?」


「いやぁ、そうはいかないよ」


「分かってる分かってる。ジョーダンよジョーダン」


 私もクレープ食べよ。楽しい事を思いついたようなハキハキとした口調で言うと、セティは僕の出向いたのと同じ露店まで歩いていき、苺と生クリームに彩られたクレープを手に持って戻ってきた。先ほどまで笛吹の少年の腰掛けていた僕の隣に腰掛けて、パクリと黄金色の生地にかぶりつく。おやつを頬張りながら幸福そうに表情を緩ませている彼女を見ていると、依頼で疲弊していた心がとても和まされた。


「ところで、どんな仕事なの? 配達?」


「ううん、猫探しで……あ、そうだ。セティはこういう猫を見なかった? 柄が黒で……」


 もしかしたら何か有益な情報を有しているかもしれないと思い、僕は彼女に猫の特徴を伝える。しかし、


「うーん、あたしは見てないよ」


 口元を白いクリームで染めたセティは、申し訳なさそうな面持ちで首を横に振った。


「さっき都に来たばっかりだし、おまけに殆ど店に入り浸りだったから」


「んー、そっか」


 何か目撃情報でも聞ければ良かったのだが、事はそう上手くいかないようだ。


「じゃあ、今日も朝から仕事をこなしてるんだ。もしかして、ここの所は毎日ずっと?」


「毎日ってわけじゃないけど……そうだね、特に用事が無い時は依頼ざんまいかな」


「……まぁ、地道に借金返済しようっていうのは立派だと思うよ。あたしは殆ど踏み倒して知らんフリしてる人種だし」


 赤髪の少女は自虐のほんの少しだけ混じった、けれど明るい笑顔を浮かべながら、


「でも、時には息抜きも必要だと思うよ?」


 先ほどの少年と同じような事を、セティは言った。


「ずっと気を張って頑張り続けてもキツくなっていくだけだろうし。適当な所で休みを入れる方が、結果的には効率よくなると思うな」


「んー……言われてみるとそうかも」


 貧民街で苦しい毎日を生き抜いているからこその、合理的な発言なのかもしれない。彼女の言う通り、みんなを誘って一日くらいは羽休みでもしようかなと考えを巡らせていると、


「あ、そうだ!」


 何かを閃いたような声を上げたセティは、僕の顔を真っ直ぐに見つめて、


「最近、あたし達の所で噂になってる面白そうなスポットがあるんだけど……」


 と、話を切り出してくる。彼女の発言に、あれっ、と既視感を覚え、


「もしかして、茨の塔のこと?」


「あれ、どうして分かったの?」


 僕が機先を制して言うと、セティは驚いた様子で瞬きをした。


「街でも噂になってるみたいだから……」


 こういうパターン、最近多いよなぁ。内心でそう思いながらも、僕は返答する。


「へぇ、そうなんだ……ま、知ってるなら話は早いか」


 で、そのダンジョンの事についてなんだけど。ちびちびと惜しむように間食を食していた僕とは桁違いのスピードで、あっという間にクレープを平らげたセティは、唇の端についているクリームを舌で拭った後、


「日頃の息抜きも兼ねて、一緒に行ってみない?」


 と、突拍子もない提案をしてきた。


「え、一緒にって」


 仄かな胸のときめきを覚えつつ、僕は半ば反射的に問いかける。


「二人で?」


 すると、


「ん、別に二人でってわけじゃないけど。レンの友達とか一緒に連れてきてもいいし」


 至極あっけらかんとした語調で、セティは僕の質問に否定の言を発した。なんだ、そっか。ちょっとだけ落胆する僕の隣で、なおも彼女の言葉は続く。


「茨の塔って、植物系魔物しか生息していないって聞くから。あたしも一度、宝探しに行ってみたいと思ってたんだよ。けど、やっぱり一人で出向くのは気が進まなくてさ。流石に魔法使い一人で探索するのは怖いし、かといって周りに魔物と戦えるような知り合いもいないし……けど、君が一緒に来てくれたら結構奥まで進めそうかなって」


 正規の教育も受けず、誰かに師事することもなく、独学で技術を培った魔術士は、ベンチに立てかけてある大剣をチラリと見つめながら言った。


「ね、どう?」


「うーん、行きたい気持ちは山々なんだけど。僕の一存で色々と決めるわけにもいかないし」


「あ、別にすぐ決めてほしいってわけじゃないからさ。急に言い出したのはあたしの方だし」


 僕が言葉を濁していると、セティは慌てたように笑った。


「じゃあ、明日の今と同じ時間、この場所にくるから。返事はその時にしてもらえるかな」

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