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――でも、どうすればいいんだろう?
敵の纏うオーラが原因だとして、この状況を打開する策はあるのか。考えてみても、全く思いつかない。オーラを消し去るにしてもその方法が分からないし、振り払うにしても同様だった。地属性の、それも僅か二種類の術しか操れない自分では、工夫の幅にも限りが出てくる。
――強い風を起こして、吹き飛ばせでも出来ればなぁ……。
しかし、敵は考える時間をそう長く与えてくれない。
右腕を振り上げながら、ブレイドマンティスは三度目の突撃を仕掛けてくる。とはいえ、今度はこちらもしっかり準備出来ていた。先ほどのように、大剣で相手の攻撃を防御する。
先と同様に、甲高い金属音が周囲に響きわたった。
だが、敵は右手で僕の武器を抑えたまま、左手の刃を僕の腹部めがけて横一線に振るう。
――なっ!?
慌てて身を避けようとするも、今度は回避が間に合わなかった。
「……ぐっ!?」
攻撃を食らって体勢を崩したのと同時、右腕にズキリと強烈な痛みが走る。ブレる視界の端に、切り裂かれた二の腕から流れ出す鮮血が映った。
勿論、魔物は標的をしとめる絶好のチャンスを逃さず、剣を突き放した右腕で更なる追撃を行わんとしてくる。
――やられる!?
とっさに、僕は省略詠唱で『ロック・ウォール』を発動した。大地から伸びた幾つもの巨岩が、僕と敵との間を二つに遮断する。発音と魔法陣の展開を行わずに魔法を発動させる省略詠唱は、相当な熟練者でない限り術の威力を大幅に低下させてしまうというデメリットを持つ。勿論、僕の唱えた術も例には洩れず、通常詠唱のそれより遙かに強度の弱い防護壁は、敵の攻撃と共に呆気なく砕け散った。しかし、少しの猶予さえ出来れば、それだけで十分だった。敵が岩壁を破壊する僅かな時間で、僕は何とか敵から距離を取ることに成功する。
――けど、これからどうしたら……?
戦いを始めてまだ間もないというのに、状況は圧倒的劣勢だ。右腕は激痛でまともに力が入らず、大剣は現状、左腕一本で握っているに等しい。この武器が僕にとって、片手でも扱えるほど軽い代物であるということは、まさに不幸中の幸いだった。
負傷した状態でまともにやり合うわけにもいかない。とはいえ、このまま戦っていればジリ貧になっていくのは明らかだった。僕よりも敵の方が遙かに素早い上、広い上に障害物も殆どないこの場所は、瞬時に距離を詰めて敵を斬り裂く相手の戦法に全く打ってつけの戦場なのだ。
森の中に逃げ込もうかとも考えたが、すぐに思い直す。何しろ、敵は虫型の魔物なのだ。緑溢れる自然の中は、ブレイドマンティスのホームグラウンドだろう。周囲の色に紛れて、身を隠すことだって不可能ではない。策もなく敵の得意な戦場にわざわざ移るのは、それこそ馬鹿な真似というものだ。
敵が速度の利を生かせないような、狭くて入り組んだ場所が良い。
そこまで頭を巡らせて、一つの考えにたどり着く。
――あっ。
呟くのと同時、その建物に目を走らせていた。そうだ。神殿の内部ならば、敵の動きは制限されるだろう。逃げこむなら、打ってつけだ。
しかし、一つ問題点がある。
――僕があの中に行けば、神殿が滅茶苦茶に破壊されてしまうかもしれない……。
だが、もはや悩む時間すら残されていなかった。防壁を粉々に打ち砕いた敵が、その不気味な赤い眼光をこちらに向けていたからだ。
――行こう!
意を決して、僕は駆け出した。
神殿の中は外から見た通りもぬけの殻で、警備の僧達さえいなくなっていた。建物内はがらんとしていて、前に訪ねた時よりは広く感じられたものの、それでも敵とは格段に戦いやすくなった。
とはいえ、僕は相変わらず勝ち目の見えない戦闘を強いられていた。
――くっ!
繰り出される敵の攻撃を辛うじて凌ぎながら、僕は狭い通路をじりじりと後退していく。いや、後退させられているといった方が正しいかもしれない。素早い動きに翻弄されることは無くなったとはいえ、切れ味の鋭い双刃による猛攻は未だ続いていた。頬、首筋、腕、足。体の至る所に切り傷が生じ、衣服にも多数の切れ目が出来てしまっている。
――キツいけど、今は耐えるしか……!
反撃に転じられる力もなく、十分な詠唱を行うだけの時間もない。僕に出来るのは、助けがやってくるのを信じて防戦を続けることだけだった。
そうして敵の攻撃を食い止めているうち、僕達はある部屋にまでたどり着く。そこは『アイレーヌの輝石』が安置されている部屋だった。必死に剣を振るいながらチラリと目を走らせると、台座には今も変わらず白く輝く石が飾られている。どうやら、別の場所に移動させられはしなかったらしい。
――どうしよう、もしコイツがこれを破壊したら……。
そんな不安が脳裏によぎったのとほぼ同時、部屋の入り口付近で一心不乱に斬撃を繰り出していたブレイドマンティスが、何故か動作を中断する。魔物は振りあげようとしていた右腕を下げると、顔を台座の方へと向けて、そのまま動かなくなった。
僕の存在などすっかり忘れてしまったように、『アイレーヌの輝石』を注視し続けている。
まるで、目の前の物体がどれだけの価値を秘めた代物か、知っているかのように。
――まさか……。
嫌な想像が頭を掠めた、まさにその瞬間。僕の予期していなかった事態が起こった。
『アイレーヌの輝石』が、視界を真っ白に覆うような目映い白光を発し始めたのだ。




