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「朝って、それって朝食を取る前にってこと?」
半信半疑の問いかけに、エリシアはコクリと頷く。無言の返事に、僕は感嘆の思いを彼女に抱かざるを得なかった。僕達の泊まっている宿から彼女のいう教会までは、かなり距離がある筈だ。往復するだけで、かなりの手間がかかるだろう。そんな苦行を毎日、それも早朝にこなしていたとは。
「凄いなぁ、僕にはとても真似出来ないよ」
本心から賛辞を送ると、
「いえ、ただ少し出掛けて祈りを捧げてくるだけですから」
そう謙遜するエリシアの耳元は、仄かに紅潮していた。
「……それに、ちょっとした目的もあったんです」
「ちょっとした目的?」
「はい。実をいうと、毎日礼拝堂に通う熱心な信徒には、抽選で特典を頂けることになっているんです」
「特典……ああ」
僕は何となく、彼女の言わんとしていることを察した。
「つまり、エリシアはその抽選ってやつに当たって、それでこの手紙が送られてきたんだね」
「はい。それでですね」
エリシアは少し間をおいて、何時になく真剣な眼差しを僕に向けると、
「もし宜しかったら、一緒についてきてもらえませんか?」
思いもがけない誘いを、僕に持ちかけてきた。
「一緒にって、この『悠久の庭園』って所に?」
彼女は小さく首を縦に振って、
「『悠久の庭園』は王都の外にあって、そこに行くには結構歩かないといけないんです。私一人だと、魔物とかに遭遇してしまったときが心配で……」
「あー、そういうことか」
僧侶であるエリシアは法術による仲間の支援に長けているものの、自分単独で敵を倒す術は持たない。彼女が都外に出ようとするならば、その安全を守る護衛は必須だ。
「許可証には当選者の他に一人だけ庭園内に同行可と書いてあるんです。どうでしょう、お願いできませんか?」
「うーんと、僕は構わないんだけど……」
僕は人差し指で自分の頬を掻きながら、ふと胸の内に湧いた疑問を口にした。
「僕じゃなくて、ミレナとかフォドとかに頼んだ方が良いんじゃないかな。ほら、戦闘力的な意味でさ」
剣と魔法という二つの武器を手に入れ、荷物運びや道具係しか出来なかった以前に比べれば、僕もある程度なら戦えるくらいに成長した。そういう自負はある。けれど、流石にエリシアを一人で守りきれるほどの自信はまだ無い。少しでも都外に出れば、そこは様々な魔物の闊歩する危険地帯だ。整備された街道の上でも、どんな怪物と鉢合わせするか分からない。その上、同じ人間が敵として、それも集団で現れる可能性すらある。
そういった点を考慮すれば、むしろ僕よりも戦闘に慣れた彼らの方が、彼女の護衛としては適任だろうと思ったのだ。
だが、僕の問いかけを受けたエリシアは表情を曇らせて、
「実は……レンさんがまだ眠っている間に、お二人にも話をしてみたんです。でも、ミレナさんはあまり気が乗らないみたいで。フォドさんにも、宗教関係には興味がないって言われちゃいました」
「……なるほど」
――まぁ、確かにあの二人はこういうのに根っから無関心っぽいもんなぁ。
要するに、『本命の彼らに断られたので、残りの僕に白羽の矢を立てた』という経緯だったのかもしれないが、負の感情は全く抱かなかった。ミレナ達と僕では実力に相当な差があるのは明白で、まず先に彼女達を頼ったエリシアの判断に間違いはなかったと、僕自身も思うからだ。
――ていうか、こういう考え自体が深読みしすぎかもね。
ただ単に、僕が眠っていたから先に他の二人に話をしていた、というだけかもしれない。何にせよ、こういう独りよがりな想像をするのは、エリシアに対しても失礼だ。僕は脳内で小さく首を振り、今し方までの思考を体の外へと追い払った。
「……駄目、ですか?」
愛らしく小首を傾げ、不安げな表情で顔を覗いてくる彼女の姿を目の当たりにして、断れという方が無理な話だった。
――けど、これってかなり『反則』だよなぁ…。
打算無しでこのような芸当をしているのだから、相当なものだと僕は心中で苦笑してしまった。けれど、頼られて悪い気は全くしない。むしろ、自分の力が必要とされている事がとても嬉しかった。
「うん、僕でいいなら付き合うよ」
「本当ですか!?」
了承の返事を聞いた途端、少女の表情はぱあっと明るくなった。
「で、でも。あまり期待しないでね」
彼女の反応に自分へ寄せられた過度な期待を感じ取り、僕は大慌てで言葉を継ぎ足した。
「僕じゃ強い魔物は倒せないし、ひょっとしたら途中で引き返す羽目になっちゃうかもしれないから」
「大丈夫ですよ。その時はまた別の日に出掛ければいいんですから」
「あ、それじゃあ別に期間限定ってわけじゃないんだ」
「はい、一度きりしか使えないんですけど、許可証自体はいつ使っても有効なので」
それなら護衛が僕でも安心だな、と内心でホッと胸を撫でおろす。荷が重い『依頼』ではあったものの、そういう話なら僕でも何とか務まりそうだ。
「じゃあ、取りあえず他の二人とも色々と話をしないとね」
「はいっ」
声を弾ませるエリシアは何時になく幸せそうで、ニコニコとしている彼女と話しているだけで、僕は胸がほっこりする気分になったのだった。




