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結局、都に帰りついたときには真夜中になってしまっていた。
「はー、もうクタクタだぜ」
検問を終えて正門を抜けながら、フォドは心底疲れたような口調でそう呟いた。
「そうだね、早く帰って休みたいや」
相槌を打ちながら、僕は乳酸の溜まった膝を軽く揉んで疲労感を柔らげる。行きで苦労したのは勿論、帰路でも疲労する日帰り旅行だった。『雷の大蛇』を何とか倒した後も、僕達はしばらく例の迷宮に留まった。メノの依頼は達成出来たものの、ノルスとセディルが目的としていた調査に付き合わなければならなかったのだ。
遺跡の中はやはり広大過ぎて、一日ではとても探索しきれなかった。謎の人物が弄くっていた装置も怪物によって故障していたし、これ以上の滞在は無意味だろうというところで、僕達は雷の迷宮から撤退することを決めた。
しかし、帰り道でも僕達は苦行を強いられた。複雑に入り組んだ建物内で方向感覚を狂わされ、僕達は迷ってしまったのだ。幸い脱出には成功したものの、遺跡から出た頃には既に月が空高く上っていて、迷宮内に巣くっている多数の魔物と連戦を強いられた僕達のは消耗しきっていた。その上、都への道中でも強力な魔物一匹と鉢合わせしてしまい、疲弊した体で命辛々討伐してきたのだ。
そんなわけで、パーティー員の殆どがクタクタに疲れきっているわけである。若き勇者と騎士の二人もまた、今回の冒険はかなり身に堪えたようだった。例外といえば、戦闘に参加していなかった薬売りくらいだろうか。
その薬売り――メノが、明るい調子で言う。
「ま、遠出が無駄にならなくて良かったの。うちは欲しかった材料を手に入れたし、お主達も目的を達成出来たのじゃろ?」
彼女に話題を振られたノルスは朗らかに笑い、小さく頷く。
「ええ、取りあえず調査は果たせましたし……メノさん達に同行して良かったです。俺達二人だけじゃ、多分あの場所に生息している魔物にかなり苦戦を強いられたと思いますから」
「ふふふ、前線で命を賭けた者同士、礼はいらないのじゃ。助けてもらったのはお互い様じゃからの」
「お前は戦ってないだろ……」
「むむっ、その物言いは心外じゃな」
フォドの突っ込みに対し、メノはぷくっと頬を膨らませて、
「うちの薬のフォローが無かったら、お主達はとっくの昔に全滅しとったじゃろ」
「だから、戦ってねえじゃん」
「後方支援も戦いの一つじゃ」
「そりゃ屁理屈ってもん……」
「いや、彼女の調合した薬は実際に凄かったよ」
フォドの言葉を遮り、将来を有望視されている騎士――セディルが感嘆のこもった口調で言った。
「あれだけの効能を秘めた道具を独自の製法で作り上げるというのは、大したものだと思うね」
彼の言葉を受け、御立腹の様子だったメノは表情を緩める。
「お褒めに預かり光栄じゃの」
「いえいえ、事実を言ったまでですよ」
セディルは柔和な笑顔を浮かべ、
「どうです? 城で気はありませんか?」
と、確かな実力を持っている薬売りに勧誘の言葉を投げかけた。
「城で?」
「ええ。貴女の持つ素晴らしい技術は、必ず王国の大きな助けになります。王からもきっと重用される筈です」
――なるほど。
納得し、自然と心の中で頷く。彼の言う通り、メノが調合師として屈指の腕前を持っているのはれっきとした事実だ。まだ二度しか共に冒険していないものの、彼女の作る薬は市販されているそれよりも遙かに効果が高いと、僕自身も身を以て経験している。そんな彼女が、国に相当の益をもたらす人材である事は間違いないだろう。
――給料だって、沢山入るだろうしなぁ……。
守銭奴的な一面のある彼女なら、セディルの誘いに乗っても不思議ではないと思った。だが、そんな僕の予想に反し、
「んー、堅苦しい場所はちょっと苦手での……それに」
メノは気が進まない様子で頬を掻いた後、外見に相応な茶目っ気のあるニヤニヤ笑いを浮かべて、
「この技術はうちの専売特許じゃからの。少なくとも、今のところは誰にも教えるつもりはないのじゃ」
「そうですか、残念です」
肩を落として言うセディルは、本当に落胆しているようだった。
そんなこんなで会話をしているうちに、僕達は正門を抜けて都に足を踏み入れる。真夜中にも関わらず、王都トルヴァーラの入り口は大勢の旅人や出店を開いている商人達で賑わっていた。盛況の理由は、もしかすると都の頭上を覆っていた暗雲がいつの間にか消え去っている所為かもしれない。
「天気、晴れてるね。やっぱり、あの装置が壊れた影響かな?」
「その可能性は高いと思うよ」
問いかけに応じたノルスが同意の頷きを返してくる。
「ただ、今の段階ではハッキリしたことはいえないな。どうにもスッキリしない謎が残ってるしね」
「あの人だね。部屋の中で装置を弄っていた」
黒いマントを羽織った何者かの後ろ姿を思い出しつつ、僕は呟く。
「結局、アイツは何だったんだろうな」
「さあね」
首を傾げるフォドに対し、同じく腑に落ちない様子のセディルが口を開く。
「ただ、あの者が何らかの目的であの場所にいたのは確かだろう。恐らく……僕達のような種の人間には知られたくない事情で、ね」




