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「くっ……!」
紫の閃光が炸裂する中、僕は衝撃に歯を食いしばりながら、懸命に足を踏ん張って持ちこたえた。一色に染まった視界にバチバチと電流が走り、大気の振動が鼓膜を激しく揺さぶる。メノは僕の後ろに強くしがみつき、身をブルブルと震わせていた。
やがて、鮮烈な輝きが徐々に弱まっていくと、広げた両掌の前に聳え立つ岩壁が姿を現した。
――良かった……。
身を守れた安堵感から、深く溜息をついた。敵の魔法攻撃を察知した時、僕はとっさに詠唱中の魔法を『ロック』から『ロック・ウォール』へと切り替えたのだ。後者が前者の応用技であり、詠唱文自体に共通項が多かった事も相まって、間一髪のところで発動が間に合ったのだ。魔力によって現世に生成された現象は、その殆どが同じく魔力によって生み出された現象によって相殺出来る。魔術に精通しているイルラミレから前もって聞かされていたこの説明を、忘れずに記憶していて本当に良かった。
「も、もう駄目かと思ったのじゃ……」
ホッとしたような声と共に、衣服を握りしめる手の力が弱まっていった。
だが、いつまでも気を緩めているわけにもいかない。攻撃を防げたというだけで、『雷の大蛇』自体は健在、しかもほぼ無傷なのだ。何か、敵に有効打を与えない事には始まらない。現状、それなりのダメージ源に成り得そうなのは僕の放てる『ロック』のみくらいだが、これだけで敵を倒すには些か威力不足のような気がする。
――けど、アイツに物理攻撃は殆ど効かないみたいだし……。
「レン君!」
大剣に体を預け、防御壁の陰で詠唱より消耗した体力を回復していると、セディルから呼びかけがあった。
「君は『武装強化魔法』を扱えるかい!?」
「……ぶそうきょうかまほう?」
オウム返しに聞き返すと、彼の苛立ったような解説が飛んできた。
「僕の持っている槍や君の剣に魔力を付与する術の事だよ!」
残念だが、今の僕に使える魔法は前述の二種類のみ。厳密にいえば一種とその応用系しか操れない。その旨を伝えると、
「じゃあ君は魔法の詠唱に集中しているんだ!」
強引に会話を終了させるように叫んで、セディルは再び敵の注意を引きつける任務に徹し始めたようだった。僕もまた、自分の役割を果たそうとして、剣の柄を強く握り姿勢を改める。刹那。
――あっ。
不意に、一つの考えが浮かび上がってきて、僕は自分の手中にある大剣をしげしげと眺める。確かに、僕はセディルの口にした『武装強化魔法』とやらは使えない。けれど、この武器はそれ自体が地属性の魔力を宿している魔法剣だ。これであの大蛇を斬りつければ、ひょっとするとあの防御力の高い鱗を裂く事が出来るかもしれない。どうして、こんな簡単な発想に今まで気がつかなかったのだろう。
――とにかく、試してみる価値はある。
「メノさんはここに隠れていて下さい!」
非戦闘員である彼女にそう告げて、僕は岩壁の陰から飛び出した。途端、大蛇と相対していた三人の少年達の視線が自分へ向けられるのを感じる。
「レン、下がるんだ!」
「無茶すんな! 前は俺達だけで十分だ!」
フォドとノルスが焦ったように呼びかけてきたものの、僕は耳を貸さなかった。一方、太い尾や鋭い牙を駆使して三人と渡り合っていた『雷の大蛇』は、自身に近寄ってくるもう一人の相手に気がつくと、威嚇するように甲高い叫びを上げた。その恐怖感を煽る砲哮に怯みかけた心を必死に奮い立たせつつ、僕は大剣を軽々と振りかぶりながら敵に突撃した。大蛇は敵意を剥き出しにして、その長い尻尾をこちらめがけて振り回してくる。
次の瞬間。全体重と渾身の力を乗せて薙ぎ払うように一閃した刃が、化け物の硬く強靱な鱗を斬り裂いた。肉を切断する生々しい感覚が、武器を通して僕の体に伝わってくる。
手応えは、あった。
――よし!
心の中でガッツポーズしたのと同時、大蛇の鼓膜を破るかのような金切り声が室内に響きわたった。予想外のダメージを食らった『雷の大蛇』は、苦痛に悶えて暴れ回る。
「ひゃああ!」
荒れ狂う化け物の体に当たった所為で一角の砕けちった岩壁から、メノが大慌てで逃げ出した。
「あの傷口を狙うんだ!」
隙を逃さず、セディルが叫ぶ。彼の掛け声と共に、前衛を務めていた三人がそれぞれの武器を掲げて猛攻を仕掛けた。目標は先ほど損傷した敵の尻尾だった。突き出された槍が体内を貫き、剣の切っ先が傷口を徐々に広げていく。完全無敵の防御に出来た僅かな綻びが、『雷の大蛇』の体力をじわじわと奪っていった。勿論、僕も離れた場所から魔法で前衛の彼らを援護する。
――このままいけば……勝てる!
詠唱の最中、そんな思いが脳裏を駆け抜けた。
だが、痛みと怒りに見境なく周囲の物を破壊していた大蛇の尻尾が、偶然にもセディルの体を勢いよく吹っ飛ばした。
「うあっ!?」
叫びと共に、彼は体勢を崩したまま地に叩きつけられる。両腕を離れた長槍がクルクルと宙を舞い、遠く離れた床に金属音を立てた。全身を鎧で固めてあるとはいえ、その体を襲う衝撃までは防げない。強烈な不意打ちを食らった騎士は身をむち打ったようで、すぐには起きあがれない様子だった。
「くっ……」
そして、無防備になった彼の姿を、今まで狂ったように暴れていた『雷の大蛇』の瞳が、恐ろしいほど冷静に捉える。
「セディル!」
「早く逃げて!」
ノルスと僕の声も虚しく、化け物は大牙を口から剥き出しにして、倒れている少年に頭から襲いかかった。




