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25

 取りあえず、この部屋の内部を調べてみようという事になり、僕達は室内に散らばった。しかし、


「これ、一体どうやって動かすのじゃ?」


「俺に聞かれたって分かんねーよ」


「ノルス、君の方はどうだい」


「うーん、こういう仕掛けはどうも苦手なんだよね。ははは」


 と、誰一人として怪しげな装置に関する知識を持たなかった為に、調査は一向に進まなかった。だが、その一方で。


 ――あれ、こういうの、なんか見覚えが……。


 様々な色に瞬いている水晶群と、その下にずらっと並ぶボタンの列をじっと観察していると、僕の心中にもやもやとした霧が立ちこめてきた。


 遠い昔、ここではない別の場所で、これに似た物を、僕は目にした事がある。


 そんな根拠もない確信が、どうしてか頭の中に渦巻き始める。




 ――でも、どこで?




「ぼうっとして、どうしたんだい?」


 不意に聞こえてきたノルスの問いかけに、僕は思わずドキッとさせられた。


「え、いや。こういうの、どこかで見たようなって」


「どこかで?」


「うん。でも、やっぱり気のせいだったみたい」


 彼は首を傾げて僕に困惑の眼差しを向けてきたが、やがて、


「そうか……」


 と、腕組みをして考え込み始めた。


「やはり、いったん引き上げてから調査隊に出直してもらうのが手っとり早いかもしれないな」


「せめて、さっきの隠し通路にさえ入れればな、あの怪しい奴を追いかけてとっちめられるのに」


「あれからどれだけ時間が経ったと思ってるんだい? 相手はもうとっくにずらかって、行方を眩ましてるだろうさ」


「ちっ……逃げ足の早い奴はこれだから面倒なんだよな」


「ちょっとちょっと。うちの依頼を忘れてもらっては困るのじゃ」


 メノはフォドの着ている服を引っ張りながら、


「うちらがこの遺跡までやってきた目的は、『雷の大蛇』じゃ。そんな得体の知れない奴の事なんか気にしとる場合ではないのじゃ」


 ――あっ。


 彼女の言に、僕とフォドは顔を見合わせた。そういえば、そうだった。遺跡の仕掛けや謎の人物の事ですっかり忘れてしまっていたが、僕とフォドが『雷の迷宮』を訪れたのは、メノの依頼を果たして報酬を頂く為だったのだ。城から赴いているノルスやセディルならともかく、今の僕達の最優先事項はこの遺跡に巣くう化け物の一部分を入手する事で、王国の異変に関する調査ではない。


「でも、その『雷の大蛇』って本当にいるのかな」


 ぽっと浮かんだ一つの疑問を、僕はそのまま口にした。


「あんまり意識しないでここまで来ちゃったけど、そんなのがいそうな所なんて見当たらなかったような。魔物化した蛇とも戦ったけど、どれも小さいのばかりだったし」


 フォドもまた肩を竦めて、


「お前が聞いたっていう噂、間違いなんじゃねえか?」


「まだ隅から隅まで探索しとらんじゃろう」


 平然とした調子で放たれた言に、僕は体中にとてつもない重石がのし掛かってくるような感覚を味わった。


「そりゃ、そうだけど……もう結構、歩き回ったじゃない」


 ただでさえ、枝分かれした通路の多い広大な遺跡だ。内部をくまなく調べ尽くそうとすれば、途方もない時間が掛かるに違いない。その労力を想像するだけで、全身を無気力な疲労感が襲った。依頼を引き受けたもう一人の少年も同じ心境なのか、げんなりとした表情を浮かべている。


 一方、体格の幼いにも関わらず元気一杯といった様子の薬売りは、母親に物を強請る子供のように手をばたつかせて、


「せっかくこんな危険な場所に足を運んだのじゃ! せめて二度手間が掛からないよう、ここに『雷の大蛇』が生息していないと確信出来るくらいには探さなければの」


「それって、具体的にどれくらい?」


「そうじゃな……取りあえず、うちが納得するまでじゃ」


「全然具体的じゃねえよ、それ」


 ツッコミを入れた後、フォドは彼女の全身を不思議そうに眺めつつ。


「ていうか、そんな体でよくバテないな。疲れとかないのかよ」


「問題ないのじゃ。薬を服用しておるからの」


「薬?」


「うむ」


 彼のオウム返しの問いかけを受け、メノは荷物の中をゴソゴソとまさぐると、中から赤紫色をした液体の入った小瓶を取り出した。


「これじゃ、竜とミノタウロスの血、それに幾つかの薬草やら何やらを調合した、うち特製体力増強剤。これを一本飲むだけで、半日は疲れいらずでいられるのでの。どうじゃ、凄いじゃろ」


「確かに凄いけど……」


「そんな便利なものがあるなら俺達にも寄越せよ!」


 僕の心中を代弁するかのようにフォドが叫ぶと、薬売りはキッパリと首を横に振って、


「駄目じゃ。貴重なものなのじゃから、タダでは分けられん。それに、お主達の体じゃ、一本飲んでも効果は薄いじゃろうしの」


「少しくらいいいじゃねえか、ケチ野郎」


「なぬ」


 彼の悪態を聞いた途端、メノの眉間に皺が寄った。


「ケチな盗人はそっちじゃろう」


「るっせー。大体、お前が叫んだせいであの胡散臭い野郎を取り逃がしたんだぞ。自覚あんのか」


「それとこれとは話が別じゃろう。全く、論点をズラしにかかるとは卑怯な奴じゃ」


「お前に言われたかねぇ!」


「まあ、二人とも。口喧嘩はそれくらいに……」


 両者の様子を見かねて仲裁に入ろうとした。その時。




 通路の奥から、大きな何かが這いずってくるような物音がした。

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