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「ここが、最深部かの?」


 通路から広い空間に出ると、メノが頭上を見上げながら呟いた。


「さあ、どうだろう。取りあえず、重要な場所である事は間違いないと思うよ」


 ノルスの応答を聞きながら、辺りの様子に視線を巡らす。僕達のたどり着いたのは円形状のホールで、広さはかなりある。前に城で大広間の側を通った際、その広大さに仰天した事があったが、ここもあの場所に負けず劣らずの空間を誇っていた。ただ、内部の印象は全く異なる。あちらは贅沢な装飾に彩られて豪華絢爛なムードを醸し出していたのに対し、こちらの空気は無機質で冷たい。というのも、この迷宮のあちらこちらで見受けられたような金属製の装置が壁際に余すところなく設置されていて、それらが室内に不気味な雰囲気をもたらしていたのだ。装置の殆どは頻りに点滅を放っていて、まだ稼働状態にあるらしいが、それもこの空間の異質さを際だたせている一因となっていた。その他、空間に存在しているのは数十本の柱くらいか。


 そして、様々な色の光に照らされ続ける部屋の中を見渡していた、その時。僕は室内の一角に妙な存在を発見した。黒いマントで全身を覆った小さな影が、対面している装置を何やら弄くっている。あっ、と大声を発しようとするのを、僕は済んでのところで堪えた。


 影は僕達から柱を挟んだ場所にいて、その後ろにちょうど隠れるような体勢になっていた為、すぐには気がつかなかったのだ。


「ねえ、みんな」


 声を潜め、僕は話し込んでいた全員にその事を知らせる。相手に気取られないよう、物音を立てずその後ろ姿を確認した後、


「こんな所にいるなんて、なんか怪しくないか?」


 目つきを険しくしたフォドが、視線を対象から逸らさないまま呟いた。


「ああ、その通りだね」


 今は諍いの事を気にしている状況でもないのか、セディルもまた冷静な口調で言葉を返す。


「普通の人間では即座に殺されてしまうような魔物の巣窟を通り、しかも単独では入ってこられないような仕掛けを突破して、ここにいるんだ。怪しくないわけがないよ」


「大人にしては体格が小さいな」


 相手の様子を観察していたノルスが口を開くと、メノが彼の方を向きながら、


「って事は、お主らと同じ子供かの?」


「てめえと同じ、チビな年増かもしれないけどな」


「だから、チビとか年増とか言うでない!」


 横槍を入れてきたフォドに対し、顔を真っ赤にしたメノは騒がしい地団太を踏みながら、


「幾ら温厚なうちでも、これ以上は怒るのじゃ!」


「しっ、気づかれるよ!」


 僕は慌てて注意を促そうとしたものの、時は既に手遅れだった。マント姿の何者かは後ろで起こった喧噪にビクッと仰け反ると、こちらを振り返った。頭まですっぽりと黒い布で護られていたので、その下にある素顔は確認出来なかったものの、動揺しているのは火を見るより明らかだった。


 来訪者の存在に気がついた何者かは、逃走を計ろうと駆け出し始めた。だが、室内に存在する唯一の出入り口は、今し方に通路を通ってきた僕達によって封鎖されてしまっている。


 ――この状況なら、絶対に捕まえられる筈。


「逃がさないよう、出口を固めるんだ!」


 僕と同様の考えに至った様子のセディルは、槍を構えながら指示を発した。僕とメノは大慌てで後ろに退き、並んで物理的に退路を塞ぐ。フォドとノルスはというと、それぞれの剣を抜いて戦闘準備に入っていた。


 しかし、予想外の事態に混乱してしまっているのか、相手は何故か、出入り口ではなく僕達から見て右側の壁に向かって全速力で走っていた。


「……アイツ、気でも狂ったのか?」


 フォドが呆れたように呟いた、その瞬間。金属製らしい壁が振動と共に真っ二つに割れたかと思うと、そこに人間一人が通れそうな道が開けた。


「なっ!?」


 ノルスが驚愕の声を上げたのとほぼ同時、マントを羽織った何者かは壁に空いた空洞の中へ、その身を滑り込ませるようにして消え去った。相手の姿が僕達から見えなくなると、駆動音を立てて道の両端が閉まっていき、壁は再び元通りに戻ってしまった。身のこなしの早いフォドが真っ先にその場所へ駆け寄って空洞の出来た部分をガンガンと叩くも、ピクリとも反応しなかった。どうやら、只の壁に戻ってしまったらしい。


「隠し扉なんてあったのかよ! クソッ!」


「こんな仕掛けがあったら、取り逃がしてもしょうがないさ」


 悔しさを露わにするツンツン頭の少年を、ノルスが壁を触りながら宥めた。


「確かにあの人物の事は気になるけど……気持ちを切り替えよう」


「そういえば」


 ある事に気がつき、僕は口を開いた。


「確か、都の天候が異常続きで、それでノルスとセディルがここまで調査に来たんだよね。ひょっとして、さっきの奴が何か関係してるんじゃないかな」


「君に言われないまでも、その予測は立ててるさ。ほら、見てみなよ」


 皮肉めいた口調で、先ほど何者かの作業していた所に立っていた騎士の少年は、目の前の装置を手で示しながら言葉を続けた。


「室内にある装置の中で、この部分だけ埃が全然積もっていない。床にだって、塵のお陰で作られた無数の足跡がある。同一人物かどうかは分からないけれど、この部屋に人の出入りが続いていたのは間違いないね」

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