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「んだよ、人の顔ジロジロ見やがって」
全員からの視線を一身に浴びて、フォドは居心地の悪そうに軽く仰け反った。
「いや……」
「あー、言っとくけどよ」
歯切れ悪く口を開きかけたノルスを制し、気まずい雰囲気の理由を察したらしい彼は、微妙に苛立った表情でぶっきらぼうに、
「別に俺、そういうのに引け目を感じてるとかねえから。勝手に同情すんなよな」
ま、この話はもう止めようぜ。ツンツン頭の少年はやけに明るい語調で言った。
「こんな陰気くさった場所で、こんな話してても気が滅入ってしょうがねえよ」
「そうじゃな」
真っ先に口を開いたのは年長者のメノだった。彼女は自身より背丈の高い少年を上目遣いで見上げながらニンマリとして、
「ま、甘えたくなったら、いつでもうちの所に来るといいのじゃ。眠れない赤ん坊をあやすのは得意だからの」
と、からかうような語調で軽口を叩く。フォドも負けじと応戦して、
「へっ、誰がてめえみたいなクソガキに甘えるかっつーの」
「なぬ! クソガキとは失礼な! うちはこれでもれっきとしたレディーじゃぞ!」
「嘘つけ。どっからどう見ても子供だろ」
「だから、前に会った時に話したじゃろ! うちの年齢は……」
「本当にてめえがそんな年のババアなら、逆に子供っぽ過ぎて気持ち悪いぜ」
「子供っぽいとはなんじゃ! 第一ババアでもないのじゃ!」
まるで子供のように怒り喚くメノに対し、フォドは両手を広げて彼女を宥めるような仕草をしながら、
「はいはい、分かった分かった。それじゃ、クソガキババアだな」
「ななな、なんじゃと!」
微笑ましい口喧嘩はしばらく続いた。
やがて、仲間達と共に地下へと進み続けていくうち、迷宮内の闇も更に深くなっていく。
永遠に続いていると錯覚してしまいそうな長い下り通路を歩いていると、僕は妙な違和感を覚えた。深部へ向かうに連れ、衣服がだんだんと水気を含んで重くなっていったのだ。最初は自分の汗が染み込んだのだろうと思うくらい微細な変化だったが、服が肌にぴったり張り付くほどにまでなってくると、流石におかしいと感じ始めた。
いつの間にか湿気が酷くなってきた事に気がついたのは、それから程なくしてだった。
「ねえ、何だかジメジメしない?」
「ああ、僕もちょうど、同じ事を考えていたよ」
僕の呼び掛けに、先ほどの口論からずっと微妙な面持ちのままなセディルが素っ気なく答えた。メノも小刻みに首を縦に振って。
「うちもじゃ。こうも湿っぽいと、体が気持ち悪くてかなわんの」
「けど、どうしてだろう。空気が突然こんな風になるなんて、おかしくないかな」
僕が疑問を投げかけると、
「外に通じた道でも近くにあるんじゃねーか?」
フォドが腕組みをして考え込みながら推論を述べた。
「うん、その可能性は大いにあるね」
背後から、ノルスの神妙な声が耳に入ってくる。
「もしくは、この施設の空調を管理していた装置が故障しているっていう線もあるかな」
「でも、ここって地下だよね。外に出る道なんてあるのかな」
「有事の時の脱出口、なら存在してもおかしくないんじゃないかい?」
「あ、そっか」
ノルスの言葉に、僕はすんなりと納得した。しかし、
「けどね、ここから地上までは随分と遠いよ。それに、もし仮に脱出ルートがあったとして、それが今まで発見されていないというのは少し考えにくいな」
と、セディルは彼の推論に懐疑的な様子だった。
「この一帯は、王国の調査隊によって調べ尽くされている筈だしね。それも、長い年月をかけて。魔術で入り口を隠されているのだとしても、その効力は過ぎた月日に弱まっている筈だし、隊に同行した歴代の宮廷魔術師達が何も感づかなかった、なんていうのはあまりにお粗末過ぎる」
「そうだな……地中を通って、遠くの場所に繋がっているのかもしれない」
「どこかに地底と直に接している場所があって、そこから地下水が染み込んでるっていうのは、どうだろう? これだけ空気に水分たっぷりで、何も理由がないってのはおかしいと思うし」
ノルスに続いて、僕も自説を披露した。だが、セディルは軽く首を横に振った。
「ま、現状は推測以上のことは考えられないよ。あまりに情報が足らなすぎるしね。とにかく、僕達はここまで足を運んできた目的に集中し……僕の顔に何かついてるのかい?」
いったん話を中断し、彼は自身を妙な眼差しで見つめていた傍らの盗賊の方を向いた。先の件もあり、一触即発な雰囲気を感じ取った僕は、思わずギョッとして二人を凝視する。隣のメノもまた、ハラハラとした様子で彼らを交互に見やっていた。
「え、ああ」
一方、不意に話しかけられたフォドは僅かに狼狽えながらも、目線を宙に逸らしながら頬を掻き、言いにくそうな口調で、
「いやさ、そんな重っくるしい格好してて、暑くねえのかなって」
すると、セディルは心外といった風に鼻息を荒くし、彼から頬を背けて不愉快そうに言った。
「フン、余計なお世話だね。僕は訓練を積んでるんだ。少し蒸れたくらいでバテたりはしないよ」
そう得意げに言う少年騎士の横顔には、珠のような汗が滲んでいた。




