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18

「う、わ」


 重厚な巨体に圧倒されてしまい、僕の喉からは途切れ途切れの音しか浮かんでこない。見ただけで、木の棒で殴りつける事が無駄だと分かった。


 ――こんなのと、どうやって戦えっていうのさ。


 足が震えて固まってしまう。しばらく、ゴーレムはその場に棒立ちで僕の様子を窺っていたようだが、一向に身動きを取らない相手に痺れを切らしたのか、ズシンという騒音と共に歩き始めた。そして、僕の身の丈以上の大きさを誇る右腕を振り上げる。


 危険を察知した僕の本能が命じたのか、張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れたように、僕の体が自由を取り戻す。僕はもつれる足で部屋の右端へとダッシュした。息を弾ませながら振り向くと、先程まで自分が立っていた場所に、耳をつんざくようなパンチが繰り出されるのを目の当たりにする。腕がゆっくりとした動作で離されると、殴りつけられた地面がかなり抉られているのが遠目からも分かった。


 ――もし、あの攻撃が直撃なんかしてしまったら。


 恐らく、僕の体はひとたまりも無いだろう。自分に拳が直撃したシーンを想像した途端、体中に噴き出ていた汗が心なしか冷たく感じられるようになった。


 ――落ち着け。


 自分に言い聞かせる。どうせここでやられても、またスタート地点からのやり直しが効く。


 そう考えた所で、僕は自分が重大なミスを犯していた事に、今更ながら気づいてしまった。




 ――立て札に、触れてない!




 一度同じ間違いをしでかしてからはしっかりと注意してきたのに。ここが最後の試練だという事に気分が高揚していて、頭の中からすっかり抜け落ちてしまっていた。


 作戦を立てたいという事もあり、今すぐに小部屋へと移りたいが、前進してきたゴーレムは入り口の辺りに留まっていて、今すぐには戻れない。しかし相手は今すぐにでもこちらへ向かってくるような姿勢を取っている。一端、部屋の奥、階段の方まで逃げ込むしか無い。


 僕はすぐに走り出し、部屋の右奥へと向かう。朧気な光しか無い暗闇の中で、鈍重な動作で一歩一歩確実に迫ってくる様はとても恐ろしい。しかし、少しだけ息を整える時間が出来た。


 ふと、部屋の中央奥に存在する階段と、それを囲んでいる壁に視線が移る。その時、僕の頭に一つの考えが浮かんだ。


 ――力の草を使って、飛び越えられないだろうか。


 迷っている時間は無い。ポケットの中をまさぐる。一本を取り出して、口に放り込む。みるみる内に、体中に力が湧いてくる。


 僕は階段へと猛ダッシュし、その勢いを利用してジャンプした。


 しかし、壁の半分にも届かない所で降下してしまい、僕は地面へと着地する。


 ――あれ、全然効果が無いぞ?


 僕は自然と眉を潜める。よくよく考えると、先程の走り普段と何ら変わりないスピードだった気がする。


 ――もしかして、力の草って腕力にしか効果がないんじゃ。


 地面が揺れるほどの轟音で、僕は物思いからふと我に返る。色々と考えているうちに、ゴーレムが僕のすぐ近くにまでやってきていた。御自慢の腕が、両方とも振り上げられる。僕は驚愕から目を大きく見開いた。


 ――しまった!


 考えるより先に体が動いていた。敵の体から遠い左端めがけて死に物狂いで走り出す。間一髪、僕の真後ろに強烈な拳が降り下ろされるのを感じ取った。


 しかし、今度は後ろを振り返る余裕すら無い。僕はそのまま、相手から距離を取れるようなコースを取りながら、入り口へと向かう。真後ろから聞こえてくる足音がすぐ身近に迫っているような錯覚と恐怖に囚われながら、僕は必死で通路へと駆け込んだ。しっかり止まる体力はもう残っておらず、僕は無様に地面に叩きつけられるようにして倒れ込む。流石にここまでは追ってこられないだろうと考えたのだが、どうしても不安をぬぐい去る事が出来ない。壁を突き破ってまで追いかけてくるのではないかという嫌な想像が首をもたげる。しかし、どうやらその心配は杞憂だったようだ。相手はどうやら部屋の中だけでしか行動しないらしい。しばらくして、ゴーレムは再びいくつもの岩へと分離して、部屋のあちこちへと大きな音を立てて散らばった。


 必死で逃げ回っている間に相当の疲労が溜まっていたらしく、体中が悲鳴を上げている。特に足が重傷で気を緩めればつりそうな程に筋肉が張っていた。その事もあって、僕はすぐには動き出す事が出来ず、安心した途端に襲ってきた睡魔にあらがう事無く、意識の底へと落ちていった。






 しばらくして目が覚めた時、そういえばこのダンジョンに来て初めて自発的に取った睡眠だったと気付く。夢すら見ない深い眠りだったが、それも当然かもしれない。まず記憶が抜け落ちているし、尋常ではない疲労感に包まれていたのだから。


 地面から上半身だけを起こして階段の部屋へ視線を移すと、先の戦いが嘘だったかのように、静けさが辺りを支配していた。あれほど執拗に僕を襲っていた敵も今では岩の塊だ。


 少しの間、僕はゴーレムの欠片をじっと見つめ続けていたが、やがて視線を外し、未だ本調子ではない体を無理矢理に立ち上がらせ、立て札のある小部屋へと歩き始めた。

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