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ノルス達と合流し、僕達は遺跡の探索を再開した。ちなみに隊列は、一番前をフォドとセディルが固め、そのすぐ後ろを僕とメノ、そして最後尾にノルスといった感じになっている。
「けど、古代の国って凄い技術を持ってたんだね」
底の知れない迷宮の中を進みつつ、僕は口を開いた。天井、床、壁。通路の四方八方に、金属で作られた得体のしれない物体の姿が数多く見受けられる。それらの殆どは松明の灯火を反射して煌めくばかりであったが、中には鈍い振動音と共に活動している物もあった。
「俺が生活していた地域じゃ、こういう妙ちくりんなやつ、胡散臭い魔術師達がよく売ってたぜ」
フォドは辺りを注意深く見渡しながら、
「ボタンを押すと開いて、中から作り物のお化けが飛び出てくる箱とか。スイッチを入れると勝手に歩き出す人形とか。変なもんばかりだったな。町のガキは喜んでたけど」
「恐らく、雷の魔力を動力にして動く仕掛けになっているんだろう」
彼の隣で、何処まで続いているか知れない暗闇の向こうへ目を凝らしているセディルが、視線を逸らさないまま言った。
「そういった魔術用品は珍しくも何ともないよ。目に見えて楽しいオモチャだから、そういった物を生成する技術を持つ魔法使い達は好んで売り出すのさ。城の魔術師達の中にも、そういった種の研究を続けている者達が大勢いるよ」
「ほぉ、物好きもいるもんじゃな」
「彼らにとっては、数多くの知識を蓄えたり、新たな発見で名声を得る事が生き甲斐みたいなものだからね。それに、王国の発展に全く影響しないともいえないさ。現に、ここはそういった魔術をふんだんに用いられている場所なんだから」
確かに、この遺跡に使用されている未知の技術を復活させる事さえ出来れば、国にとって多大な利益がもたらされるに違いない。
「でも、どうして古代の技術は失われちゃったんだろう」
「過去に起こった大戦のせいだとは聞くね」
後ろからノルスの声がして、僕は歩みを進めながらも振り返った。
「大戦?」
「かつて各地を治めていた各地の王族や領主達が、大陸を自分だけの物にしようとして争い始めたんだよ」
彼の説明によると、権力者達の引き起こした醜い諍いの所為で、人類は一度、滅亡の危機に瀕してしまったのだという。そして、戦乱の影響により、人々が長い年月をかけて培ってきた沢山の技術が遠い昔に失われてしまったのだそうだ。
「この話は古い書物に記されていたものだから、本当の歴史かどうかは分からないんだけれどね」
ノルスはそう言って解説を結んだ。
「でも、なんで争いが起こったりなんかしたの? 国同士の関係がずっと悪かったの?」
「いいや。文献によると、戦乱が始まるまでの大陸の情勢はとても平穏なものだったらしいそれぞれの長達も、互いの文化を尊重して、助けあいながら自分達の国を治めていたらしいよ」
「じゃあ、どうして……」
「さあ……そこのところはよく分かっていないけれど」
と、勇者の顔つきは渋いものへと変わった。
「一説によると、大陸中に充満した闇の瘴気にあてられて、人々の負の感情が触発された結果らしい」
「闇の瘴気……」
彼の口にした言葉をそのまま呟いた途端、建物の中に密閉されている大気が、ひんやりとしたものへ変質したような気がした。
「もしかして、そんな事が起きた理由って」
「ああ」
ノルスは僅かに首を上下させ、低く押し殺したような口調で言った。
「かつての戦争の火種は、魔族の者達だという考察もあるよ。互いに傷つけ殺し合うよう、人々を惑わした、とね」
しばらく、誰もが言葉を発しなかった。コツコツ、と靴が固い床を鳴らす物音だけが、周囲に木霊する。
沈黙を破ったのは、フォドの脳天気そうな声だった。
「まー、昔の事なんか気にしてもしょうがないとは思うけどな」
「……もう少し、場の雰囲気を察せられないのかい?」
セディルが呆れたように、隣の彼を見やった。
「昔の事でずっとしんみりしてもしょうがねえじゃねえか。俺達が実際に経験したわけでもないんだし」
「歴史から学ぶ事は大いにあるよ。過去の出来事について静かに考える時間も大切さ」
「過去より今が大切だっつーの」
「……前々から思っていたが」
王国の名家育ちである少年は、盗人家業で生計を立ててきた少年を一瞥して、深い溜息をついた。
「君は少々、教養に欠けるきらいがあるね」
「……んだと?」
セディルの嫌みたっぷりな言葉に、フォドもどうやらカチンときたらしい。ツンツン頭の盗賊は鷲のように鋭い眼光を黄金の甲冑を身につけた騎士へと向けた。
「そんなの、どうでもいいだろ」
「いいや、良くないね。粗暴な振る舞いというのは、育ちの悪さから来るんだ」
「俺のどこが粗暴だっていうんだよ」
「そうやって語気を荒くするのが一番の証拠さ」
文字通り、一触即発といった雰囲気だった。気まずいムードが、僕達の周囲にも伝染していく。傍らにいたメノはというと、あわわと言いながらおろおろしている。これでも年長者の筈なのだが、全く威厳のない様子だ。これでは、二人の仲裁は望めそうにない。
――どうしよう。
目だけで、僕は後方のノルスに訴えた。僕の合図に気がついた様子の彼は、僅かに視線を宙にさまよわせた後、口を開こうとした。だが、その前に。
「まあな。どうせ俺、町ん中でぬくぬく勉強出来るような身分じゃなかったし」
ふてくされたようなフォドの発言に、彼を除き僕を入れた全員が――勿論セディルも含めてだが――言葉を失って両目を見開いた。




