17
ついに僕がたどり着いた地下一階。ここをクリアすれば、僕はようやくこの岩と土だらけの迷宮から脱出する事が出来る。
構造は地下三階のように、実にシンプルだった。小部屋の中に、通路に続く入り口が一つ。ただし、道を塞ぐ扉も無ければ、掲示板がやけに大きい事も無い。
僕は立て札に近づいてタイトルを読んだ。
『ちょー重要な掲示板! その12』
「……もう12かぁ。ここまで来るのに随分かかった気がする」
感慨深い思いと共に、僕は文章を読み進める。
『数々の試練を乗り越えてきた愛しの君へ。
地下一階、到達おめでとう!
下の階を攻略出来たという事は、ここでの鍛錬が確実に活きてきた証拠だね。胸を張っていいよ。
さて、いよいよ最後の試練に関しての解説だ。気を引き締めてね。
『ちょー重要な掲示板! その1』でも触れたけど、ここには凶悪なボスがいる。部屋はここと、そのモンスターと階段が存在するところの二カ所しか無い。つまり、君の目の前にある通路は一本道になっているというわけだ。
ボスの倒し方についてのヒントは……地下二階と同じで、教えられない。けれど、ここまで来れた君なら、きっと乗り越えられると信じているよ。
これでいよいよ最後だ。頑張ってね!
追記
無事に地上へ出られるよう、幸運を祈っているよ。』
「……今回は、追記が嫌味ったらしくないや」
何故か、拍子抜けしてしまう。けれども同時に、激励が込められている事に対する少しの嬉しさも感じた。
「『これでいよいよ最後』かあ……」
本当に長い道のりだった。最初はモンスターに出会うだけで倒され続けたのも、今では懐かしい思い出だ。目を瞑ると、様々な出来事が走馬燈となって脳裏に甦る。
「ここに来た最初の頃は、ずっとやられっぱなしだったもんなぁ」
具体的な数は覚えていないけれど、少なくとも百回以上は強制送還を食らった覚えがある。始めのうちはやられて覚え、次第に倒される回数が少なくなり、いくつかの階層は一度の挑戦で攻略する事が出来るようになった。正直な所、少しは成長したんじゃないかという自負も芽生えている。
「ここを突破すれば、僕の記憶の事についても何か分かるかもしれない」
未だ、自分が何者なのかは不明だ。結局、この掲示板が僕の過去について説明してくれる事も無かった。けれど、このダンジョンの外に出れば、自分のルーツを知る機会が訪れるかもしれないのだ。
そう考えると、高ぶる気持ちがますます強くなった。
「最後の試練……頑張るぞ!」
気合いを入れて、僕はボスの待ち受けている場所へ通ずつ通路へと足を踏み入れた。
掲示板の説明通り、細長い通路は一本道だった。やがて、前方に空間が広がっていくのが見えてくる。そして、僕は部屋の入り口一歩手前で立ち止まった。
「うわぁ……広い」
自然と呟きが洩れる。中は今までに目にしたそれよりも格段に広い。小部屋ではなく、まさに大部屋だ。土と岩で出来ているのは変わらないが、それでも見慣れない広大さに圧倒されてしまう。
――こんなに大きい部屋なら、もしかしてすっごいデカい怪物がいるんじゃ。
そんな事を考え、体が強ばる。僕は握りしめていた輝石を部屋の方へと突き出して中の様子を探ってみる事にした。しかし、それっぽい姿はおろか、生き物の影すら見あたらない。ただ、大きな岩の塊がそこら中に転がっているだけだ。
部屋の奥に目を凝らすと、階段が見えた。けれどもその周囲は高い岩壁が隙間無く囲っていて、どうやら簡単には到達出来ないようにされているらしい。
――まあ、ボスがいるのにそのまま階段を上らせてもらえるわけがないよね。
もう一度、辺りを照らして敵を探す。けれども、やはりそれらしい姿は映らない。
――とにかく、部屋の中に入ってみよう。
僕は勇気を出して、木の棒を握りしめながら一歩を踏み出した。
その時だった。突如、散らばっていた岩の塊がもの凄い振動を始めた。その影響で地面が大きく揺れる。
「うわっ!」
僕は叫び声を上げて、地面に木の棒をついてしゃがみこんだ。それだけでは体を支えられず、右手も使って体勢を維持する。
――一体、何が起きてるんだろう。
やがて、震える岩の塊達が一斉に宙へ浮かび上がり、揺れは一瞬だけ収まった。しかし、すぐにそれらが部屋中央の一際巨大な岩石に引き寄せられていくと、再び強烈な振動が起こる。
そして、ようやく本当に辺りが静寂を取り戻した時、僕は絶句した。そして、ある事を悟ったのだ。
――これは、岩なんかじゃない。
内心の呟きと共に、かつて散らばっていた岩石の集合体が、頭と思しき部分をこちらへと向ける。これまでのどのモンスターとも比較にならない巨体が、途方もない威圧感を漂わせている。元々が岩石なので、表情はおろか顔すら分からないが、僕に向けてあからさまな敵意が向けられている事だけは何となく感じ取れた。僕の体中を冷たい汗が流れていく。
「……ゴーレム?」
記憶の片隅に浮かび上がった言葉を、僕は半ば放心状態で呟いていた。