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 依頼を持ちかけてきた薬売りの解説を要約すると、こういうものだった。


 王都トルヴァーラを出て、しばらく南へと歩いていくと、古代文明の遺した遺跡がある。そこが『雷の迷宮』と呼ばれるところだ。都の北に存在する『水の神殿』と対になるようにして存在しているそこは、遙か昔の魔術師達が当時の国を天災から守る為に建設した施設とも、お茶目な賢者が余興に作り上げた建造物とも、民衆の間では伝えられている。噂の域を出るような信憑性の高い情報を掴んでいないので、正確な事情は彼女にも分からない。


 つけられた名称に違わず、建物の内部には『雷の魔力』が充満している。そのため、それを栄養源としている魔物達が自然と集まってきているので、一般の人々では近づくのも危険な場所だ。だが、メノの依頼を数多くの屈強な男達が拒否してきたのは、何も内部にひしめいているであろう強力なモンスター達を恐れて、というわけではない。


 雷の迷宮を探索するにおいて、厄介な問題がある。それは、内部が複雑怪奇に入り組んでいて、なおかつ様々な仕掛けが施されている、という事だ。中には単独だと絶対に解けない罠もあるらしく、勇猛果敢にダンジョンへ足を踏み入れたものの、二度と戻らなかった冒険者の数は決して少なくない。その全貌を知る者も、彼女の知る限りでは皆無という事だ。


 メノの依頼は勿論、薬の材料集めに関する事である。迷宮の最深部には、『雷の大蛇』と呼ばれる怪物が住み着いているらしい。彼女が欲しているのは、その魔物の『牙』という事だった。


「……というわけじゃ、引き受けてもらえるかの?」


 長い話を終えた依頼主が僕達四人を見回す。真っ先に口を開いたのはあの二人だった。


「まあ、大体の事情は飲み込めたわ。後は報酬次第ってところね」


「そんな危なっかしいところに行かされるんなら、相当に弾んでもらわなきゃ困るぜ」


 話し合いもせず、よくもそこまで息が合うものだと、僕は内心で感心せざるを得なかった。一方、メノは邪な考えを全く抱いていなさそうなあどけない笑顔を浮かべて、


「勿論じゃ。もし無事に牙を手に入れられたら……」


 と、依頼を達成した際に支払われる金額を口にする。それを聞いた途端、僕以外の三人の目が驚きから点になったのが分かった。恐らく、僕もまた同じような表情をしているのだろう。何しろ、彼女が提示した額は前回同様、途方もないものだったのだ。尤も、僕らの抱えている借金を完全に返済するには至らないのだが。


「おい、念の為に聞いておくぞ」


 未だ動揺した様子のフォドが、血走った目つきでメノに問いかける。


「今度は前みたいな手は無しだぞ。こっちは金稼ぎに必死なんだからな」


「ん、どうしてじゃ?」


 メノは不思議そうに目を瞬かせて、


「前に会った時は、そんな風には見えなかったのじゃが」


「そ、それは……」


 痛いところを突かれた彼は、気恥ずかしさを紛らわすようにツンツンの髪を弄びながら、彼女の質問を誤魔化した。


「まあ、こっちにも色々あるんだよ。とにかく、報酬はしっかり払ってもらわなきゃ困るぜ」


「……ふむ。どうやら、相当に切羽詰まっている状況みたいじゃな」


「うっ」


 見事に言い当てられたフォドは、僅かに仰け反る。メノは訳知り顔で頷きながら、


「分かった、しっかりお礼は払うのじゃ。うちも性悪な人間じゃないからの」


 嘘つけ、とでもいうように、ミレナはジト目で彼女を凝視していた。




 それから。僕達は依頼について話し合った。その結果、雷の迷宮に赴くのは明日の朝。集合場所は僕とフォドがメノと出会った広場、となった。


 そろそろ仕事に戻らなければならないという女子二人を置いて、僕達三人は店を出る事にした。メノが自分の食べたデザートの会計を済ませている途中、フォドが再びミレナをからかうような口調で、


「しっかし、お前がそんな服着てるなんて思わなかったぜ」


「給料が良かったんだから、しょうがないじゃない」


 頬を真っ赤に紅潮させた彼女は頬を膨らませて突っ慳貪に返事をする。どうやら、カンカンに立腹しているご様子だ。


――けど、そこまで合ってないってわけじゃないと思うけどなぁ。


 確かに、普段着が鎧姿だし、性格が性格なものだから、ギャップ自体はもの凄いものがある。けれど、こういう女らしい服装をしているミレナを見ていると、何となく心がざわめくような感覚を覚えるのだ。彼女の意外な一面を垣間見たような、そんな感覚が。


「どうしてジッと見てんのよ」


「え?」


 気がつくと、ミレナが鋭い眼差しで僕を睨みつけていた。


「何か言いたい事でもあるわけ?」


 刺々しい語調からして、どうやらあらぬ誤解を向けられているらしい。僕は慌てて、


「いや、別にそういうわけじゃ」


「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」


「ま、まあ」


 少し悩んだ後、僕はこう言った。


「……似合ってると思うよ、それ。多分だけど」


 彼女は眉間の皺を更に寄せながら、


「多分って何よ、多分って」


「いや、えっと」


「フン!」


 ミレナはプイッとそっぽを向く。だが、その表情が僅かだけ緩まったように見えたのは、気のせいだろうか。そんな事を考えていると、店の奥から同僚らしき女性の声が聞こえてくる。




「ミレナちゃん、エリシアちゃん、まかない出来たよー。ケーキにプリンにシュークリーム、他にも一杯あるよー」




 途端、女子二人の顔つきにピクッと緊張が走ったのを、僕は見逃さなかった。二人、だ。つまり、普段から礼儀正しく穏やかで心優しい僧侶の少女も、という事になる。


――ま・か・な・い?


「まかないって何だ?」


「飲食店に勤めている者が昼食や夕食としてタダで振る舞われる食事の事じゃの」


 いつの間にか支払いを終えて戻ってきたメノが、ハテナマークを頭に浮かべているフォドに説明した。


「店で出す料理その物、或いは残り物とかじゃな。ここじゃと、大方はデザートじゃろう」


「……って事は」


 フォドは呟きながら、そそくさと立ち去ろうとしていた二人に、懐疑の眼差しを向ける。その視線に気がついたらしい彼女達は強ばった愛想笑いを浮かべ、


「じゃ、じゃあ……」


「し、失礼します……」


 と、小走りで店の奥へと引っ込んでいった。




 彼らの姿が見えなくなった後、僕とフォドは互いに目を合わせ、なんだかなぁ、という気持ちのこもった深い溜息をほぼ同時についたのだった。

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