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10

――雷の迷宮?


 顔を見合わせた後、僕達はほぼ同時に首を横に振った。


「そんなトコ、見た事も聞いた事もねえよ」


「どういう所なんですか?」


「それは……と、込み入った話をするのにここは少し目立ちすぎるのじゃ」


 メノは自らの周囲を見渡しながら言う。彼女の言う通り、沢山の見物客が辺りを取り囲んでいて、僕も少しむずがゆさを感じていたのだった。


「どれ、少し場所を移すとするかの。ほれほれ、どかんか!」


 言うが早いか、メノは人混みをかき分けてズンズンと進んでいく。幼い姿をした彼女が物怖じもせず図体のデカい男達を押し退けて進んでいくその様は、何となくシュールだった。


 とにかく。前を行く彼女の後に、僕とフォドは小走りで追いつく。


「どこに行くんですか?」


「うちのお気に入りの店じゃ。まあ、つべこべ言わずついてくるのじゃ」


 そう話した彼女に従い、相当な距離を歩いた僕達がやってきたのは、可愛らしい装飾がなされたデザート専門店だった。見た目は女の子の薬売りがその入り口のドアを開こうとしたところで、フォドが若干引き気味に呼び止める。


「お、おい」


 すると彼女は面倒くさそうに振り向いて、


「ん、何じゃ」


「本当にこんな場所で話するのかよ」


「その通りじゃ。何か文句でもあるのか?」


「い、いや。だってよ」


 フォドは狼狽からか言葉を濁しつつ、店の外装を見渡す。その様を眺めながら、僕もまた苦笑せざるを得なかった。


――そりゃ、なぁ。


 見た目からして、若い女性をターゲットにしているのは明らかだ。そんな店に入るのは男としてどこか気後れしてしまう。


「言いたい事があるならハッキリ……ああ、なるほどの」


 と、何かに気がついたらしいメノは含み笑いをしながら茶化すように、


「お主、こういうのを年相応に恥ずかしがっておるわけじゃな?」


「なっ!」


 途端、顔を真っ赤にした彼はゴホンと大きな咳払いをして、


「別に、ちょっと気になっただけだっつーの」


 と、モゴモゴとした口調でボヤきつつ、足取り荒く歩いていく。その後に、ほくそ笑みを浮かべて彼女が続いた。僕もまた、開かれているドアの中へと入っていった。そして、思わずたじろいでしまう。店内はピンクを基調とした飾り付けで彩られていた。趣味に合う人にとっては幻想的だったり穏やかな内装に思えるのかもしれないが、僕にとってはあまりにドギツく、コッテリ過ぎる。極めつけは店員と思しき若い女達が着用している可憐な衣装で、内装と同じ桃色の配色に華やかなフリルまで付いているような代物だった。そういうものに全く耐性のなかった僕は、自分達を席まで引率した女性の姿をマトモに見る事が出来なかった。フォドも僕と同様だったらしく、何ともいえない表情で仄かに朱の差した顔を俯けていた。ただ一人だけ何ともない様子のメノは、そんな僕達がおかしいのか忍び笑いを洩らしていた。


 僕達が案内されたのは窓からも入り口からも最も遠い、店奥のテーブルだった。このような場所に入っている所を、なるべく知り合いには見られたくない。僕は心の中で安堵の息をつく。壁際のソファにメノが腰掛け、入り口側の椅子に僕とフォドが座った。僕達が席に座ったのを確認した後、案内をしていた女性は水の入ったコップをお盆から僕達の前へ置きつつ、


「注文がお決まりになりましたら、用紙に記入した後、飛ばして下さいね」


 と告げた後、優雅な足取りで去っていった。背もたれに体を預けながら、僕は店内を見回す。まだ昼前だというのに、テーブル席は殆どが埋まっている。どうやら、結構人気がある店らしい。ただ客層はやはり若いカップルや女性観光客などが大半で、僕達の存在は少しばかり浮いているように思われた。


「どれ、まずはちょっと腹ごしらえするかの。ずっとあそこに立っていたから、もうクタクタじゃ」


 卓の上に置かれていたメニュー表を手に取って広げ、彼女は注文する品を物色し始める。その表情は爛々と輝いていて、端から見れば数々のデザートに心躍らせている女の子にしか見えないだろう。


「お前達も何か頼むと良いぞ。ここの菓子は美味じゃからの」


 眼前の表から視線を逸らさず、彼女はそう促してくる。僕は一瞬躊躇った後、手元のメニュー表を取り上げて開く。そして、驚愕に思わず目を疑った。


――うわ、高い。


 確かに、所々に付いているイラストはどれもこれも美味しそうではあった。だが、デザート名の隣に表記されている金額はどれもこれも、借金抱えた貧乏人がおいそれと手を出せる金額ではない。一番安いケーキでさえ、安い食堂ならば朝昼晩の食事を済ませられるほどの価格である。こんな高級デザートを自分に黙って食べていたと知ったら、ミレナは恐らくカンカン御立腹してしまうに違いない。


「僕は……いいです」


「俺も……腹減ってないし」


「ん、そうか? それならうちの分だけ頼むとするかの」


 意気消沈して返事をする僕達の前で、メノはテーブルに備え付けてあった鉛筆で、同じく置かれてあった用紙に注文する品々を記入していく。やがて、書き込みを終えた彼女は紙を宙へと飛ばす。普通ならそのまま穏やかに床へと落ちるところだが、その用紙はまるで生き物のように空中を飛んでいき、やがて厨房の方へと消えていった。メノに訊ねたところ、この紙はれっきとした魔法道具の一種なのだという。行列が出来ても珍しくないような店はこういったアイテムを用い、注文を受ける際にかかる時間のロスを短縮しているのだそうだ。


 詳しい話は菓子を食べながら、とメノが言うので、僕達はデザートの到着を今か今か待った。そんなに時間が掛かる事なく、菓子の載ったお盆を両手に持った店員が厨房からこちらに近づいてくる。誰かさんだったら絶対に着もしないだろう可愛らしいフリル付きピンク衣装に身を包んだ、橙髪の女の子。


――あれ?


「はーい、御注文の品でございます……って」


 店員の足が、テーブルの目前で止まる。その大きくパッチリとした瞳は驚愕から見開かれ、唇は言葉を紡ぐ途中のまま固まってしまった。僕やフォドもまた、空いた口が塞がらない。そんなまさかといった思いで、彼女の顔をマジマジと凝視する。




 そう。メノの注文を持ってきたのは、他ならぬミレナだったのだ。

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