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 時刻は夜。食堂の卓を取り囲んで、僕達は先に帰っていた女子二人に成果の報告をした。


「へえ、そんな事があったの」


 依頼の話を聞き終わったミレナはそのパッチリとした目を瞬かせながら、フォークでジャガイモを一つ口元へと運んだ。ちなみに今日のメニューはこんがりと焼かれた牛肉がメインディッシュで、その添え物に人参とジャガイモ。その他はライスに野菜たっぷりコンソメスープというラインナップだ。


「珍しいわね。ワイン飲んで成長して、その色に染まったスライムなんて」


「危なくなかったんですか?」


 心配そうに問いかけてくるエリシアに対し、フォドは詰めた食べ物で一杯の頬をモゴモゴと動かしながら、


「いや、毒とかは持ってなかったし、駆除はすんなりいったぜ」


「ちょっと食べてみたりした?」


 ミレナがとんでもない事を言い出したので、僕とフォドは自然と顔を見合わせた後、同時に首をふるふると振った。


「何言ってんだ、そんな事するわけないだろ」


「なんだ。意外に美味しくて、城に高く売りつけられたかもしれないのに」


「いや、有り得ねえ」


「そう? 珍味好きの貴族とか、好んで買いそうな気がするけど」


 ――ワイン味のスライムって、そんなに美味しそうかな。


 奇妙なくらい甘い人参を噛み砕きながら、僕は頭の中で想像してみる。プルルンとした舌触りに、ワインの味。案外いけるかもしれないとは思った。実際、食べる側にはなりたくないけれど。


「ところで、そっちはどうだったんだ?」


 フォドがジューシーな牛肉を口に放り込みながら訊ねると、エリシアはスプーンですくったスープをふうふうと息で冷ましつつ、


「私達は順調でしたよ。最初はお婆さんのの怪我を治療して……」


「王都の端から端に荷物を配達して、迷子の女の子を探して、それから郊外に出現した魔物を退治して、その後に都の外に生えている薬草を探しに行って……」


 彼女の言葉を継いで、ミレナが引き受けた依頼の数々を喋り始める。僕は彼女達が如何に手際よく仕事を処理していったか、思い知らされた気分に陥った。恐らく、硬直しているフォドもまた同様の気持ちを抱いているだろう。


「……で、収穫は計一万七千ゴールドってところね」


「殆ど、ミレナさんのお陰ですけどね」


「何言ってんのよ、エリシアだって頑張ってたじゃない。アタシ一人じゃああの子も薬草も見つけられなかったわよ」


「いえ、そんな……」


 互いの健闘を誉め称える女子二人。一方、僕は彼女達の稼いだ金額と自分達のそれの差を考える度、テンションがだだ下がりだった。


「それで、アンタ達はどうだったなのよ」


 不意に話しかけられ、僕はコップの水をちびちびと飲みながら、


「どう、って?」


「スライムを退治して、それからどうしたのよ?」


「駆除にはその、夕方までかかったんだ」


「夕方までって事は……」


 ――ヤ、ヤバい。


 みるみるうち、ミレナの顔がまるで鬼のように恐ろしくなっていったかと思うと、彼女はやけに低い声で、


「じゃあアンタ達、こなした依頼の数は?」


 僕は顔を俯けながら、ボソリと言う。


「一つだけ……」


「稼いだ金額は」


「五千ゴールド……」




 一瞬の空白の後。彼女の怒りが盛大な爆音と共に爆発した。




「一日かけて、それだけなわけ!? 男が二人もいて何やってんのよ!」


 突然の怒声に驚いたのか、周囲の宿泊客達の視線が一気に彼女へと向けられる。僕とフォドは慌てて彼女を宥めにかかった。


「しょ、しょうがなかったんだよ。マトモな依頼が無かったし」


「それにスライムも結構数が多くてよ」


 長時間に及ぶ言い訳の末、ようやく感情の高ぶりが収まったらしい彼女は、はぁ、と嘆息の息をつき、自身の右手で頭を支える。


「……全くもう。しっかりしなさいよ」


 特にフォド。ミレナは若干和らいだものの未だ鋭い視線をツンツン頭の少年に向けると、


「アンタはこの問題の発端なんだから、もっと頑張りなさいよ。いいわね?」


「……わ、分かってら」


 フォドは何時になく深刻な面持ちで、しかし彼に似つかわしくない弱々しい声で言ったのだった。






 それからしばらく、数々の広場まで足を運び、依頼を引き受ける日々が続いた。流石にミレナ達にあそこまで金額に差をつけられたショックは大きく、僕とフォドは初日以上に気を引き締めて連日の仕事をこなしていった。一つの場所ではなく依頼を求め様々な場所を訪れ、かかる時間と報酬のコストパフォーマンスも考え、慎重に依頼を選んだ。その成果もあったのか、流石に初日のように三倍以上も成果に差がつく事は無くなった。


 だが借金の額と比べると、僕達の得る一日の報酬はやはり微々たるものであった。どれだけ働いても稼いでも、返済額の桁が減る事すらなく、肉体だけでなく精神的な疲労もまたつのっていく。それでも僕達は、報酬金を得るためにただひたすら働くしかなかった。




 そして、とある日の朝。いつものように宿を出て広場へと向かった僕達は、そこで思いがけない相手との再会を果たす事になるのであった。

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