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発言の主を除く三人の視線が彼女ーーエリシアへと注がれる。注目を一身に受けて、彼女はしばらく恥ずかしそうに身をもじもじとさせていたが、やがておずおずといった調子で口を開いた。
「私はここに残っても構わないです」
「エリシア、別に無理する必要はないわよ」
ミレナは椅子ごと床に倒れているフォドに冷たい眼差しを向けながら言った。
「賭事で無一文以下になるなんて自業自得よ。それに、村の両親だってエリシアの帰りをずっと待っている筈だし。早く帰って顔を見せてあげた方が良いに決まってるわ」
両親、という言葉の部分だけ、口調が少し柔らかく感じられたのは気のせいだろうか。
だが、ミレナの言葉に対し、エリシアはゆっくりと首を横に振って、
「いえ、無理して言っているわけではないです。だって……」
と、再び口を噤んだ後、すぅと小さく息を吸ってから続きを話し始める。
「護衛を正式に頼む前から、フォドさんには何度も危ないところを助けて頂きました。フォドさんがいなかったら、私は無事にこの都までたどり着けなかったと思います。だから、私もその分、何か恩返しがしたいんです」
「……分かったわよ、アンタがそう言うんなら」
彼女の真意を理解したらしいミレナは肩を竦めながら笑う。しかし、
「ありがとう! エリシアちゃん!」
一変して元気を取り戻したフォドが飛び起きて彼女の手を握ろうとした途端、ミレナはギロリと魔物すら恐れおののくような鋭い眼力を彼へと向ける。その視線に気がついたフォドはたちまち萎縮しつつ、自らの椅子に再び腰掛けた。それを見届けた後、僕はタイミングを見計らって口を開く。
「けど、どうやって借金を返そうか?」
「やっぱり、どこかに雇ってもらうのが一番良いんじゃないでしょうか?」
エリシアが堅実な案を出す。だが、ミレナは渋い表情で、
「真面目に働いてたんじゃ数年はかかるわよ。それに、仕事が見つかる保証もないし」
「こんなに店があるんだもの。一件くらいは人手が足りなくて、それなりにお金をもらえるところくらいあるんじゃないかな?」
「ここは王都よ。高級な武具とかを取り扱っていて給料が高い所は激戦区だし、面接だってある。経歴なんて気にしない庶民向けの店もあるにはあるけど、そういう所は大体賃金が安いって相場が決まってるのよ」
「えらく詳しいんだな、お前」
フォドの言葉に、ミレナはフンと鼻を鳴らして、
「ここには暮らしてないけど、他の町に店で勤めてる友達がいるのよ。その関係。ところで、張本人のアンタは何か考えないの?」
「……そりゃ、俺だって自分が悪いと思ってるし、何か意見を出したいけどよ」
話題を振られると、彼は気まずそうな表情で頬を掻いた。
「町でマトモに暮らした経験なんか殆どないから、何も思い浮かばないんだよ」
――そりゃ、普通に生活していれば、カジノで破滅する事なんてないだろうしなぁ。
僕は何だか、妙に納得してしまった。
「ミレナさんは、どう思いますか?」
「アタシ?」
エリシアから訊ねられたミレナは腕組みをしつつ、
「アタシはやっぱり掲示板かなぁ……とは思うんだけど」
掲示板とは恐らく、エリシアが自身の護衛を頼んでいたような、あの依頼掲示板の事だろう。そういえば、この城下町でも幾つか同じようなものを目にした事がある。
「あっ、それなら確かに大金を得るチャンスもあるかもしれないね」
「でも、やっぱり問題があるわけよ」
僕が同意の声を上げたにも関わらず、彼女は未だ悩んでいるような口調だった。
「まず、報酬が高い依頼ってのはそれだけ難しいって事だし。誰かに先を越されてしまったら一ゴールドも入ってこないし。店で働くよりは危険なぶん見返りも大きいけど、それでもやっぱり時間がかかるし。時間がかかったら利子が高くつくし」
「そ、そっか……」
やはり、利子がネックになるという事か。
「一気に全額返せるような仕事って、何かないのか?」
「そんなのあれば苦労しないわよ」
途方に暮れた顔つきになったフォドの問いを、未だ考え中のミレナは容赦なく切り捨てる。こうしてしばらく、一人一人が物言わず思案に耽る時間が流れた。
「……あのさ、ミレナ」
やがて、一つの方法が閃いた僕は、躊躇しつつも傍らの少女へ口を開いた。
「何よ」
「ワズリースさんに相談出来ないかな?」
「えっ」
この提案は予想外だったのだろう。彼女の目は大きく見開かれる。僕は髪を掻きながら、
「そりゃ、図々しいと思うし、かなり気は引けるけどさ。でも、こういう大金の問題は僕達だけじゃ解決出来ないよ。取りあえず、話すだけ話してみた方が賢明なんじゃないかって」
僕の真正面に座っているエリシアも、小さく頷いた。
「そうですね、私も同じ事を考えてました。大人の方に判断を仰いでみた方が良い気がします」
「うーん、そうね……」
ミレナは俯いてしばらく思案した後、顔を上げて言った。
「……分かった。じゃあ今から会いに行くわよ」
こうして、僕達はワズリースのいる城まで向かう事になったのだった。




