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目覚めたら僕はダンジョンにいた【第三回なろうコン一次選考通過作】  作者: 悠然やすみ
第八章「実直騎士、猛特訓、乙女心に男の意地」編
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23

「そ、そんな……」


 自然と狼狽の声を上げる僕の眼前で、セディルは槍の柄で自身を支えつつ、


「今のは少し効いたよ……」


 と、顔をしかめつつも不敵な笑みを浮かべる。全身をむち打った筈だが、鎧と兜に身を守られたおかげで外傷はない様子だった。渾身の一撃でも彼を倒すには至らなかったと悟り、僕の心には深い絶望感が巣くい始める。


 ――どうしよう。


 『ロック・ウォール』を接近してくる相手の足下で発動させるためには、多大な集中力を必要とする。疲労しきった今の僕では、また奇襲を成功させる事は難しいだろう。一度見てしまったのだから、相手だって警戒を強める筈だ。


 つまり頼れる策は、もう残されていない。そして、こうやって悩んでいる間も、セディルは槍を構えて突進してくる。


「くっ!」


 僕はとっさに魔法を唱え、自身の前に岩壁を作りだし、彼の攻撃をしのごうとした。


 けれど。セディルの繰り出す強烈な一突きの前に、即席の防壁は呆気なく破壊される。崩れ散る岩の破片群から飛び出してきた槍の先端を、僕は紙一重で避けた。


 ――マズい、早く離れないと。


 既に体力は消耗しきっていて、足はパンパンに膨れ上がっている。僕は彼から距離を取ろうと重い足で何とか走り出す。しかし、セディルの執拗な追撃はそれを許さなかった。幾度となく向けられる武器を、僕は『ロック・ウォール』で何とか防ぎ続ける。だが苦しい状況が長引けば長引くほど疲労はつのっていき。


 やがて、受け止め損ねた槍が、僕の腹に強く直撃した。


 ――ッ!


 声にならない悲鳴を上げながら、僕は勢いよく吹っ飛ばされ、地面にうつ伏せで倒れる。全身を強い衝撃が襲った直後、口元がピリッと痛む。途端、咥内に血の味が染み込んできた。どうやら、唇を切ってしまったらしい。


 ――もう、駄目なのかな。


 掠れる視界に、遠くで立ち尽くしている金色の影が移る。勝利を確信しているのか、セディルはこちらに近づいてはこなかった。刻々と近づいてくる、敗北の時。けれども、僕はもう立ち上がる事すら出来なかった。いや、立ち上がろうともしなかった、といった方が正しいかもしれない。彼の攻撃を食らってから、まるで心の根っこがポキッと折れてしまったかのように、身体を動かす気力が全く湧かなくなったのだ。


 ――これだけ、頑張ったんだ。もう、いいよね。


 薄れゆく思考の中で、僕は諦めの言葉を呟く。


 その時だ。



 ――あっ。


 ぼやけきった眼前の光景、その内に自らを見つめる強い視線を感じ取ったのは、ただの偶然だったかもしれない。




 それでも、僕は彼女の姿を見つけたのだ。セディルの後ろ、沢山の人間が詰まった観客席の中に。




 ――ミレナ……。


 遙か遠くで自身を見つめる橙髪の少女の心配そうな表情がはっきり見えるのは、何故だろう。もしかすると、これも幻覚なのかという疑いが、僕の中に芽生える。しかし、それでも。心と体を打ちのめされて忘れてしまっていた気持ちを、僕はだんだんと思い出してきた。刹那、走馬燈のように浮かび上がるは、少女と過ごしてきた数々の記憶。最初に出会った時から、僕はずっと彼女に頼りきりだった。旅を続けているうち、何度も何度も自身の無力さを痛感し、それでも何も出来ない自分が悔しく、歯がゆく、情けなかった。セディルから挑発を受けた時、僕が勝ち目の薄い勝負を受けたのは、何も頭に血が上っていたからという、それだけの理由からじゃ決してない。一つの、途方もなく強い想いが、僕の心を動かしていたからだ。




 ――僕はもう、ミレナの背中に隠れてなんか、いたくない。




 限界を迎えていた筈の身体が、自然と動いた。途端、トラフェールの剣に体重を預けて立ち上がると、観衆の大歓声が起こる。一方、セディルは信じられないといった表情で僕を見ていた。僕は無言で彼を見返し、そして気がつく。彼の手に握られた槍の先端を覆う皮に明らかな傷がいくつも刻まれ、極僅かながら一部が欠損している事に。


 ――そうか、何回も岩を砕いたりしたから。


 訳を察すると同時に、とある考えが思いつく。確か、この大会では武器の覆いが外れてしまえば、それだけで敗北となる筈。


 ――なら、僕にもまだ勝機はある!


 僕とセディルは武器を眼前に構え、無言で対峙する。僕達の周囲だけが、まるで空間から切り取られたように静かだった。


 そして。僕達はほぼ同時に地を蹴った。彼の槍が僕めがけて繰り出され、僕は彼の槍に向けて剣を突き出す。次の瞬間、切っ先が何かを斬り裂く手応えが、確かに感じられた。だが、すぐに腹を耐え難い苦痛が襲う。もう、堪える力はなかった。僕の身体は呆気なく吹っ飛び、そして視界もまた白く染まっていく。人々の大歓声は次第に遠のいていき、身体を走る数々の疲労も消え去り始め、最後に一つ、地面に叩きつけられる激痛が僕を襲う。




 薄れゆく意識の中、自身の握りしめる剣が大地の輝きに包まれているような、そんな気がした。

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