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迎えた準々決勝。闘技場もいよいよ活気が強まり始め、観客達もいっそうの盛り上がりを見せている。勿論、対戦場に立つ僕の緊張もまた、その最高潮へと達していた。
――ようやく、ここまで来たんだ。
ふぅ、と小さく呼吸を整えて、気分を落ち着けようとする。そんな中、対戦相手が声を掛けてきた。
「遂に、この時がやってきたね」
目の前に視線を移すと、そこには金色に輝く分厚い鎧を身につけた、少年騎士の姿。彼――セディルはその端正な顔に不敵な微笑みを浮かべ、その両目を閉じていた。
「まさか、ここまで来れるとは。正直、思ってなかったよ」
「……だろうね」
勝負を持ち掛けられた時から既に分かっていた事だった。完全に勝てると踏んだからこそ、あのような提案をしてきたのだと。
でも現に、様々な参加者達を差し置いて、僕はこうしてここにいる。自分でも信じられないくらいだけれど、それでも事実は事実だ。だからこそ、今の僕には昨日までにない一つの大きな力があった。そう、『自信』という名の力が。
ただ、それは相手の方にもいえた。両目を開き、長き槍を構えたセディルの表情には、以前はあった筈のとある感情が殆ど浮かんでおらず、その顔つきは真剣なものだった。恐らく僕が前の試合で魔術師の少年を破った事で、その心境が変わったのだろう。だからこそ、油断という名のアドバンテージは得られない。ただ、得る必要もない。
――本気のセディルが相手でも、僕は絶対に負けない。
そして、次の瞬間。つかの間の静寂の中、審判の男がその声を張り上げた。
「……試合開始!」
勝負の幕が、切って落とされた。
「うおおおお!」
叫び声を上げつつ、セディルは突撃を仕掛けてくる。だが、その攻撃は予想の範疇だった。今までの経験からして、接近戦を得意とする者達は皆、同じような初動を取っていたからだ。魔術師の詠唱を妨害し、戦いの展開を有利に進める為に。
だからこそ、試合が始まってから取る行動は既に決めていた。僕は詠唱を口ずさみながらも後方へと素早く後ずさる。足自体は彼の方が早いのだろうが、着用している重き鎧がその動きを鈍らせていた。僕は相手の攻撃範囲に入らないよう距離を保ち、そしてまず先手を食らわせる。
「それっ!」
掛け声と共に、僕の左掌から『ロック』の魔法が放たれた。作り出された岩は勢いよく発射され、騎士の頭に直撃する。
しかし。セディルは若干の怯みこそすれ、殆どダメージを受けていない様子だ。その口元には挑発するような笑みすら浮かんでいる。
――効かないか。
今までの対戦相手と決定的に違う事、それは彼が全身を硬き鎧に身を包んでいるところだ。今までは脳天に岩を食らわせれば勝ちのようなものだったが、セディルは頭も黄金の兜で覆っている。
つまり、今まで僕が取ってきた戦術は、全て彼に通用しない事になる。
「てやあ!」
「うわっ!」
繰り出された突きを、僕は紙一重で避ける。横っ飛びする際、槍の先端を覆う布が僅かに服を掠ったので、僕の首筋には冷や汗が浮かんだ。剣や斧、拳と比べ、槍はそのリーチが長い。今まで安全圏だったところも危険範囲だ。しっかり距離を取っておかなければならない。僕は身を翻して、セディルから離れるように駆け出す。彼もまた僕を追うようにして走り出した。時折、振り返ってはロックを撃ち込むが、悉く堅牢な守りに防がれる。
――やっぱり、これじゃあ倒すのは無理か。
となると、残る手段は一つ。
「おい、いつまで鬼ごっこやらせるつもりだい?」
息を切らしながら考えを巡らせていると、後ろからセディルが呼びかけてきた。
「言っておくけど、君御自慢の岩投げ攻撃は通用しないよ! それに、その剣は飾りなのかい?」
――まあ、飾りといえば飾りかも。
一応、あまりに軽い為、そんなに力を入れず振り回せるという利点はあるのだが。聖騎士団の有望株相手に接近戦を挑むのは無謀というものだ。
――それに、僕には奥の手がある!
休む事も出来ず逃走を続ける僕の体力はだんだんと消耗し続けている。いつまでもこのままではいられない。意を決し、僕はあの魔法を唱え始める。
――チャンスは、一度。
「いつまでそうやって逃げ続けられるかな……お?」
声を掛けてきていたセディルが、虚を突かれたような声を発した。それもそうだろう。何せ、自分が追っていた相手が、足を止めたのだから。僕はじっと立ち尽くしたまま、彼を見つめる。お互いの視線がぶつかり合う中、セディルは自身の持つ槍を構えた。
そして、後少しで槍が僕を貫かんとした、その時。
――食らえっ!
僕が心中で叫ぶと同時に、駆けているセディルの足下から岩が出現し、まるで植物のように上へと伸びていく。
「な、何っ!?」
彼は戸惑いの言葉を上げたが、時既に遅し。せり上がる岩壁にぶつかるようにして、セディルの体は宙へと弾き飛ばされた。
――よしっ! 成功だ!
僕は胸の奥でガッツポーズをする。今の攻撃こそ、僕がイルラミレから教えてもらった、『ロック・ウォール』の面白い使い方だった。この魔法は近づいてきた相手の足下で発動する事で、壁としてではなく罠として活用出来るのだ。
予期せぬ奇襲を受け、流石のセディルも防御姿勢に入れなかったらしい。空中を舞った彼は、やがて強烈な音と共に地面へと落下した。辛うじて受け身を取ったセディルの身体は、フィールドを転がっていき、やがて砂煙と共にその動きを止める。
――やったの?
僕は祈るような思いで、うつ伏せに倒れているセディルを見守る。
しかし。
「う、く……」
掠れるような声と共に、彼は立ち上がった。




