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目覚めたら僕はダンジョンにいた【第三回なろうコン一次選考通過作】  作者: 悠然やすみ
第八章「実直騎士、猛特訓、乙女心に男の意地」編
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20

 ――本当に魔術師だ。


 対戦相手と対峙し、僕は心の中で呟いた。吹き荒ぶ風が砂煙を上げているフィールドの向こう側に立っているのは、濃い緑色をした袖の長い衣装を身に纏う少年だった。体格は小柄な僕とほぼ同じくらいだ。見るからに知的そうな、しかしプライドも高そうな顔つきをしていて、不敵な笑みを浮かべている。彼の服には見覚えがあった。町中でよく見かける、城で魔術を習っているという魔法使い見習い達が着ているものとほぼ同一だ。


「やあ。君がセディルの知り合いって奴だろ?」


 試合開始前。高慢ちきな表情のまま、彼は話しかけてくる。その口振りには余裕と自信が満ち溢れていた。


「うん、そうだよ」


「いやあ、嬉しいなぁ。何でも、凄腕の地術師だそうじゃないか、君は」


 でもね、と彼はくっくと笑い声を洩らしながら、


「相手がこのボクとは、少々運が悪かったね」


 頭に血が上りながらも返事をしようと口を開きかけた時、叫び声が聞こえた。




「試合、開始!」




 戦いの始まりを告げられ、僕と少年はほぼ同時に魔法を唱え始めた。だが、言葉を返そうとした為に生じたタイムラグのせいもあって、僕の詠唱は彼のそれより僅かに遅れてしまう。




 ――それが、大きい命取りとなった。




 次の瞬間。かざされた少年の手から発せられた、強烈な風が、僕を直撃する。とっさに剣で身体を庇おうとしたが、殆ど意味を成さなかった。


「う、わっ!」


 危うく後ろに倒れそうになったが、僕は地面に片手をついて何とか姿勢を保った。同時に、僕は心中で呟く。


 ――やっぱりだ。


 試合の前に会ったセディルはこう言っていた。今度の相手は、僕と対極の位置にある魔術師の卵だと。それを聞いて思い浮かんだ推測は、これだった。


 ――対戦相手は『土魔法を操る僕』の対極。つまり、『風魔法を操る魔術師』だと。


「へー、耐えたんだ」


 感心するように呟きつつ、少年はヒュウと口笛を吹く。そしてすぐ、


「じゃあ……今度はどうかな!」


 驚くほどの詠唱速度で、彼は二撃目を僕にお見舞いしてくる。これが炎球や水流であったなら、回避だってしやすいだろう。しかし、風は目に見えない。


「くうっ!」


 四つん這いになりながらも、吹き飛んでしまいそうになる身体を、懸命に地上へと押さえつける。今度ばかりは、身軽な事が裏目に出てしまっているようだと痛感した。戦いの場に引かれている白線。その外に出てしまえば、強制的に敗北となってしまう。目の前の少年はきっと、対戦相手をフィールドから吹き飛ばす事で勝利を積み重ねてきたのだろう。


 ――けど、やられてばかりでいられるもんか。


 相手の攻撃を耐えしのぎながら、僕は再び詠唱を始める。


 そして、ようやく強風が収まった瞬間を狙い。


 ――今度は、こっちの番だ!


 心の中で強く叫びながら、僕は大岩を少年めがけて放った。途端、彼は驚きから目を丸くする。


 しかし、その攻撃が直撃する事は無かった。彼が素早く何かの魔法を唱えると、何故か目に見える小さな灰色の竜巻が巻き起こり、その影響を受けた岩の進路が彼から逸れてしまったからだ。地面にぶつかったそれがバラバラに砕け散り、大きな音を立てる。


「ふうー、危なかった危なかった」


 冷や汗を拭うような動作をする少年を、僕は唖然として見つめていた。


 ――コイツ、強い!


「あれ、もう同じ手は使ってこないのかい?」


 実力の差を見せつけられ迂闊に動けなくなった僕を、彼は露骨に挑発し、


「じゃあ今度はこっちからいくよ……こういうのはどうかなっ!」


 と、再び詠唱を始め、素早く魔法を繰り出した。先ほどと全く同じような竜巻が出現し、僕へと向かってくる。当然、僕は身をかわそうと横に飛んだのだが、


 ――えっ!


 次の瞬間。僕は驚愕した。僕の動作に連動して、竜巻もまたその進路を曲げてきたのだ。しかも、目標は僕自身ではなく、僕が右手で握っているトラフェールの剣。たちまち、武器が手からすっぽ抜けそうになり、僕は大きくバランスを崩して転倒した。剣を地面に落としても負けになってしまう。相手はそれを狙ったに違いない。だが、もう一つ僕にとって不利となっている点があった。先ほどの攻撃で、僕はかなり白線に近い位置まで飛ばされていたのだ。既に少年は次の詠唱を始めている。次にもう一度、強風を食らえば、今度こそ一巻の終わりだ。


 ――早く、中央に戻らないと!


 魔法なんて唱えている場合ではない。相手の詠唱速度はこちらのそれを大きく上回っている。予測通り、彼はすぐに魔法を発動させてきた。一番最初に使用してきた、あの突風攻撃だ。すぐにしゃがみこんで重心を下げ、剣を地に立てて踏ん張る。徐々に身体は後退していったものの、白線間際で何とか風の止むまで耐えきる事が出来た。


 ――でも。


 少ない猶予時間の間に慌てて前へと駆け出しながら、僕は必死に考える。『ロック』の魔法で決定打を与えられない今の状況では、敗北は明らかだ。何か別の方法を使って、勝機を狙うしかない。


 となれば、選択肢はただ一つ。




 ――こうなったら、『あの魔法』を使うしかない!

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