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――まさか、初戦をこんな簡単に突破出来るなんて。
控え室に戻っても、僕は先ほどの勝利を未だ信じられずにいた。数秒も経たずにノックアウトされるのを怖がっていた筈なのに、実際はその真逆、相手を瞬時に倒してしまったのだ。それも、屈強な体を持つ格闘家の少年を、だ。いくら何でも、出来過ぎのような気がしてならない。
そういえば、と僕はイルラミレとの鍛錬で彼女から何度も言われていた事を思い出した。常人に比べ、僕の体内に存在する魔力は土の比重が圧倒的に大きい。普通の人間であるなら、火、水、風などの様々な魔力が、個人差はあれども一定のバランスを保って体内に宿っているものだが、僕の中にそれらの種の魔力は殆ど存在していないらしいのだ。これは魔法を行使する上でデメリットにもなりえる。つまり、特定の魔力を増大させる為の修行を行わない限り、今の僕が火や水の魔法を詠唱するのは難しい事になる。
だが、メリットが皆無なわけではない。体内に宿る土の魔力の割合が高いという事は、土の魔術に関してのみならば習得が容易であり、詠唱された魔法も常人のそれと比べてより強力なものとなりやすい。実際、イルラミレがロックの魔法で作り出した岩と、僕が生成したそれとでは、まだ訓練初期の頃では巨岩と石ころといった差があったものの、昨日の段階では全く大差ないサイズだった。
また、『ロック』は『作り出した巨岩を前方に向けて発射』する魔法。つまり、生成した岩が大きく、重く、そして解き放つ際の力が強いほど、その真価は発揮されていく。
そして、稽古の時には気がつかなかったが、たとえ省略詠唱した『ロック』でも、僕と同年代の少年を気絶させるには充分な威力を発揮するようだ。トラフェールの剣が詠唱の手助けとなっている事も、要因の一つだろう。
という事は。
「……もしかして結構、勝機はあるんじゃ」
独り言を呟く僕の心中には、先ほどまでなかった自信という前向きな気持ちがふつふつと湧き始めていた。
そして、予感通り、僕はスムーズに大会を勝ち上がる事が出来た。いくら魔法に対する防護が掛かっていたとしても、衝撃までは軽減出来ない。そういった意味で、僕の使用する『ロック』の魔法はこの大会ルールとかなり相性が良かった。いくら相手が凄腕の魔道士でも無防備な頭に岩を直撃させれば一撃でノックアウトだし、幸いにも少しばかり足が速いおかげで、身軽な剣士でもリーチの差で有利に立ち回れる。大斧を振り回すような巨漢が相手でも、向こう臑に巨岩をお見舞いしてやれば七転八倒だ。
そんなわけで、遂に僕は準々決勝の手前まで駒を進めたのだった。
――次を勝ち上がれば、セディルとの対戦になる。
控え室の前、廊下に張ってあるトーナメント表に眼差しを向けながら、僕は呟いた。このままいけば、僕は彼と準々決勝で対決する事になる。
「順調に勝ち進んでいるようだね」
聞き覚えのある声がして、僕は振り向いた。見ると、そこには因縁の相手、セディルの姿があった。体には金色に輝く重曹鎧を身に纏い、頭には同じく黄金色をした兜を被っていて、手には大会用の皮を縛り付けられた、自身の背丈より長い銀色の槍を握りしめている。真面目そうな雰囲気の整った顔だちには、不敵な笑顔が浮かんでいた。自然と、僕の体が強ばっていく。
「こんにちは、セディル」
「こちらこそ、レン君」
軽い挨拶を交わした、ただそれだけの筈なのに。僕達の見つめ合う瞳の間には、静かながらも激しい火花が散っているように感じられた。
やがて、セディルは僕から視線を逸らし、口元に笑みを残しながらポツリと言う。
「知り合いの間でも噂になってるよ。この大会に、とんだダークホースの地術師が現れた、ってね。僕も驚いたよ。まさか君が、魔法使いだったなんて」
他の対戦は大会ルールの為に観戦する事が出来ないが、恐らく僕が今まで倒した相手の中に彼の知り合いがいたのだろう。本当はつい最近になって魔法を覚えたのだけれど、取りあえず大会が終わるまで、真実は口が裂けても教えておかない事にした。少しでも力を警戒してもらった方が、実際に戦う時に有利となるかもしれないと思ったからだ。じっと黙っている僕に視線を戻し、彼は朗らかな調子で言う。
「でも、次の相手は今までみたいに楽勝、とはいかないと思うよ」
「……どういう事?」
対戦相手の情報は、少しでも知っておいた方が良いと思い、僕は彼に訊ねる。セディルは肩をおどけたように竦め、僕に背中を向けて廊下を歩き始める。
「まあ、言葉通りの意味って事さ。次の相手は何せ」
と、そこで彼は立ち止まり、振り向いた。
「城でも将来有望とされている、魔術師の卵なんだからね。それも、君とは対極の位置の」
「……魔術師の、卵? 僕と、対極?」
「ああ、そうさ。きっと、良い勝負になるだろうね。それじゃあ、健闘を祈っているよ」
小さく手を振り、セディルはそのまま去っていく。その姿が見えなくなっても、僕は彼が残した謎めく言葉の意味を考え続けていた。行われていた試合が終わり、係の人が僕を呼びにきた、その時まで。
――もしかして。
一つの推測を胸に秘め、僕は戦いの場へと向かったのだった。




