15
随分と久しぶりに、僕は強制送還を食らった。
「う、うーん」
最近は味わっていなかった気怠い感覚に苛まれながら、僕はゆっくりと体を起こす。
「せっかく、ここしばらくはノーミスで攻略出来ていたのになあ」
ふう、と小さく息を吐く。途端に脳裏に眼前に迫った不気味な骸骨の顔が思い出され、寒気を感じて全身の毛が逆立った。
「あんなのに出くわしたら、誰だってビビるよ……」
一体だけではなく、ぞろぞろと。ネズミの集団とは比較にならない程の威圧感だった。
どうしてあのような目に遭ったのが自問して、僕はすぐに落ち込んだ気分で自答する。
「多分、叫んで通路中を走り回ったのが良くなかったんだろうなあ」
あの大声や足音を聞きつけて、恐らく僕の存在を感じ取ったのだろう。もしかすると彼らは、耳が無くとも非常に聴覚が優れているのかもしれない。少なくともゴブリンよりは上だろうと思う。
つまり、出来るだけ物音を立てないよう、今まで以上に細心の注意を払ってダンジョン内を移動しなければならないという事だ。
「……取りあえず、もう一度挑戦してみよう」
通路を直進し突き当たりを曲がった所で、すぐに僕は白骨死体に遭遇した。こんなに早く出くわすとは思わなかったので、僕は無意識のうちに飛び上がってしまった。
――駄目だ、ここで慌てたら。
はやる心を懸命に説得して、ゆっくりと後ろに下がる。自分が物音を立てないだけに、相手の骨がギシギシと軋むのがよく耳に入ってくる。それがまた、外見の不気味さをますます引き立てていた。
少しずつ離れながら、僕はある考えを思いついた。
――そうだ。この棒を使って突いてみたらどうだろう。
敵の手のリーチより、木の棒のそれの方がずっと長い。恐らく、安全圏から一方的に攻撃を加えられるのではないかと思ったのだ。見るからに脆そうな体つきだ。少し衝撃を与えればバラバラになってしまうのではないかという予感がした。
――えい!
心の中で小さく掛け声を上げて、僕は敵めがけて木の棒を繰り出した。
棒の先端は敵の腹辺りに勢いよく当たり、骸骨は衝撃に耐えきれずに仰け反った。一歩、二歩と、後ろによろめいていく。
――やった!
どうやら、攻撃が通用しない相手ではないようだ。
……と、一瞬でも油断してしまったのが命取りだった。
次の瞬間、骸骨は空洞だらけの姿から想像出来ないほどの俊敏な動きで、あっという間に僕との距離を縮めた。骨がシャカシャカと、異質な音を立てる。
「ヒッ!」
僕は恐怖に震えながらも、木の棒を突き出して反撃を試みる。しかし、相手は二度目の攻撃を諸ともしない勢いで突進し、僕の両肩をガシッと掴んだ。僕は怯えから目を見開き、絶叫する。
「ひええええええ!」
それから何が起こったのかはショックのせいか覚えていないが、とてつもない恐怖を味わった事だけは確かだったと思う。
そして案の定、目覚めたときには階段部屋の床上だった。起きあがったときの僕の顔色は、きっと未だに青ざめていた事だろう。
「あ、あんなに早い動きが出来たなんて……」
どうやら、あの骸骨達は攻撃を受けると、普段の鈍重な動きから一転して素早い動作を見せるようだ。安全だと舐めてかかるのは危険すぎると分かっていたのだが、いつもの鈍い動きを見せられていて油断していた。
「ゴブリンの時みたいに転ばすって手も通用しないのかな」
転ばした途端、四つん這いで迫りくる不気味な姿を想像して、僕は強く首を横に振った。
「音は絶対立てちゃ駄目。攻撃は御法度で、走るのも駄目」
僕は肩をガックリと落とした。
「……ほとんどの事が出来ないじゃんか」
彼らに発見されないように身を隠しながら探索する。頭に思いつく作戦といえばこれだが、あまりに当たり前の事過ぎて作戦と呼べるかどうか怪しい。どの階層でも心掛けている事で、これを徹底出来る技術を持っていればどんなに探索が楽になっていた事か。
「愚痴を吐いててもしょうがないよね」
一つ深呼吸をして、木の棒を支えに僕は立ち上がる。
「もう一度、だ」
しかし、それから何度も挑戦したのだが、骸骨達を攻略する方法は全然浮かばず、幾度となく僕は階段部屋に恐ろしい経験と共に戻される羽目になった。
どんなに気をつけても曲がり角で鉢合わせしてしまえば対策のしようがない。忍び足で距離を取ろうとしても、ゆっくりとした足取りで追いかけてくるので振り切れず、そうこうしている内に違う道からも別の個体に発見され、あちらこちらへ逃げまどった末に挟み撃ちに遭って倒されるのがほとんどのパターンだった。もうどうにもならずに、ゴブリン対策の木の棒で足を引っかける作戦を試みた事もあったが、案の定、素早い動きで追いかけ回され逃げきれずに強制送還を食らう事になった。
「もう、どうしたら良いんだよ……」
階段部屋で仰向けに寝転がり天井を見つめる。知恵を振り絞っても、一向に解決案が浮かばない。
――今までの階層とは、比べものにならない難易度だよ。
僕は心の中で、そう呟いた。