18
祭が始まったという事もあってか、城下町は普段のそれを遙かに凌駕するほどの盛況ぶりだった。ありとあらゆる場所に露店が連なり、盛大なパレードを一目見ようと、沢山の観客達があらゆる通りに詰めかけている。そんな道を何とか潜り抜けるようにして、僕はメリスティア杯が開催される闘技場までやっとの事で到達した。昼を少し過ぎた頃の事だ。みんなとはもちろん別行動なのだが、エリシアから聞いた話によると、ミレナも彼女と一応は観戦しにくる予定らしい。
選手登録は既に済ませてある。受付に向かうと、僕は係の人に引率され、一般の人々とは別の通路へと案内された。そのまま進むと小さな部屋があり、中では僕と同じ参加者らしき子供達と、何やら作業をしている人達の姿があった。係の人から聞いた話によると、まずここでチェックを受けた後、安全の為の様々な処置が施されるのだという。
しばらく経ち、とうとう自分の番がやってきた。僕はまず身体検査を受け、その後、白い服を着た女性達から魔法を掛けられた。彼女達は癒し手と呼ばれる魔術師達で、僕が受けたのはとある防護魔法らしい。この魔法が解けない限り、参加者は相手が魔法で作り出した炎や氷で衝撃以上のダメージを食らわず、万が一殺傷力の高い刃の部分を身体に受けたとしてもその身を斬られる心配は皆無なのだそうだ。ただし、ずっと攻撃を受け続ければ効力も弱まっていくので、この魔法が解けた瞬間。その参加者は敗北したと見なされるのだ。
次に僕の前に現れたのは屈強な鍛冶職人達で、彼らは自分の剣を七色に輝く不思議な皮で覆い、そして縛り付けた。それは特殊な魔法生物の皮で、魔法に対しても耐性があり、破けにくい。参加者は一つまでなら武器を持ち込んでも良いのだが、古来からの伝統により、実際の戦いで使用する物を、殺傷力を抑える処理を施して使用しなければならない。また、武器を覆っている皮が破け、中身が少しでも露出してしまえば、その参加者もまた失格となる。また、弾き飛ばされてもいけない。
また、大会に関する諸注意も受けた。その説明によると戦いが行われるのは闘技場の中心に存在するフィールドで、そこは白い線で区切られている。その白線の外の地面に身体がついてしまえば、それでも無条件で負けとなってしまうののだそうだ。
つまり、完全に戦闘不能となる、身体を護っている魔法が効力を失う、武器を覆う皮が破け中身が露出する、武器が弾き飛ばされる、フィールド外の地面に吹っ飛ぶ、これらのうち一つを満たせば敗北というわけである。両方が敗北となれば、決勝戦を除き、どちらも失格となる。
ルールはトーナメント制。敗者復活のようなものはなく、とにかく勝ち抜いていけば優勝となる。
――何だか、緊張するなぁ。
控え室の隅に座って自分の番を待ちながら、僕はふぅと小さく息を吐いた。外からは騒がしい歓声が響いてきている。注目されている大会という前評判に違わない盛り上がりぶりである。出ていって数秒で倒されたりすれば、笑い者となるのは必至だろう。
――でも、絶対に負けられない。
セディルと闘い勝つ、その時までは。
決意を新たにした、その時。部屋の戸がガチャリと開き、係の女性がやってきた。
「レンさん、次ですよ」
「あ、はい」
彼女の後に続き部屋を出て、僕は闘技場の中へと足を踏み入れる。
そして。
――うわぁ。
その圧倒的な光景を目の当たりにした途端、自然と息を呑んだ。視界を埋め尽くす、人、人、人。歓声の中、僕は強ばった足をカクカクに動かし、フィールドに立った。目の前に立つ初戦の相手は、筋肉質な身体をした大柄な少年。何も武器を手にしていないところを見ると、恐らく格闘家か何かの類だろう。口元がニヤリと歪んだところを見ると、どうやら僕を見て勝利を確信しているらしい。僕はトラフェールの剣を両手で構え、弱気になる心を奮い立たせた。
――とにかく、先手を取る!
「……始め!」
「うおあああああああ!」
試合開始の合図と共に、少年は大声を上げながら、僕に向かって猛ダッシュしてくる。一方、僕は魔法の詠唱を始めた。だが、練習時のように目を瞑ったりはせず、かといって僕の足下で魔法陣が光輝く事もない。真っ直ぐ敵の姿を見つめながら、脳裏で自らの作り出す魔法のイメージを思い浮かべ、そして通常のそれとは少し異なる文を詠唱する。
――省略詠唱。
複雑な魔法陣を発動する事なく、一部を簡略化した短い文章で魔法を高速発動させる高等技術だ。
――行けっ!
詠唱が終わり、僕が心の中で叫んだのと同時に、剣から離した右手を前にかざす。掌から目映い光が走ったかと思うと、次の瞬間には大岩が出現し、勢いよく前方へと放たれた。
そして、今まさに飛びかからんとしていた少年の顔面に、その巨岩は直撃する。
「ガハッ!」
声にならない叫びを上げた彼はその反動で後方へ強く飛ばされる。砕けた岩石の破片の中から、焦点の定まっていない虚ろな表情が僕の目に入ってきた。その体が勢いよく地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなる。それは試合開始から僅か一瞬の事で、あまりに突然の事に、闘技場も急に静まり返った。当事者である僕もしばらくの間、目の前で何が起こったのか、すぐに理解する事が出来ず、起き上がらない少年を見つめ続ける。
やがて耳に届いてきた、場内を包み込む大歓声が、勝利の証だった。




