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「うん。だいぶ上達してきたじゃないか」
午前中の稽古が終わると、草の上に大の字になってダウンしている僕に対し、ワズリースは嬉しそうに言った。
「は、はい。ありがとうございます」
僕は息を切らしながらも返事をする。
「しかし、その剣を使うようになってから、動きが見違えるようになったね」
彼は僕の手に力なく握られている剣に視線をやりながら、
「やはり魔法の力というのは、偉大という事なのかな」
と、しみじみとした口調で呟いた。そう。彼の言う通り、僕があの『トラフェールの剣』を使うようになってから、今までの苦難が嘘だったかのように、剣の腕はみるみる上がっていった。一番の要因は何より、その軽さだ。前に使っていた武器は重く、振り回そうとすれば逆に自分が振り回されかねない程だったのだが、トラフェールの剣は実に扱いやすい。しかも、ただ重量がフィットするだけではないのだ。強い一撃を叩き込もうとする時は重さを増し、軽やかに薙ぎ払おうとすれば羽のように軽くなる。まるで僕の意志に反応しているかのように、トラフェールの剣は状況に応じてその重量を変化させるのである。お陰で今まではバランスを崩していた体勢からも立て直しがきくようになり、戦いが格段に行いやすくなったのだった。
しばらく休み、ようやく身体が言う事を聞くようになった頃。地面から上半身を起こした僕に、ワズリースは水の入ったカップを差し出してきた。僕は小さく頭を下げてそれを受け取り、一気に飲み干す。瞬く間に口の中が潤っていき、乾ききった喉にも水分が澄み渡っていった。ワズリースも自分の分に口をつけながら、
「そういえば、ミレナはまだ君に冷たく当たってるのかい?」
「……え、と」
僕が返答に困っていると、やっぱりね、とでも言うように彼は曖昧な笑みを浮かべた。
「その様子だと、まだギクシャクしてるって感じかな」
「まぁ、はい」
「済まないね、私の娘の事で、君に余計な心配をかけて」
「そんな、別にワズリースさんのせいってわけじゃ」
「こういうのは親の責任でもあるさ」
ハァ、と彼は溜息をついて、
「あの子は少々、感情表現が下手な所があってね。そうんな風に育ててしまったのは、私が父親の仕事をしっかり果たせなかったからなんだろう」
「いや、これ以上なくストレートに見えますけど」
「その通りでも問題なものだし、その真逆でも問題なものだよ」
「へ?」
彼が発した文章の意味が全く理解出来ず、僕は実に間抜けな声を上げる。そんな僕の態度にも気がついていないのか、ワズリースはまた一つ、深く深く息を吐いたのだった。
剣の師匠が去り、前もって準備していた昼ご飯を食べ終えた僕は午後の練習に取りかかった。イルラミレは用事があるらしいので、今日は瞑想訓練だ。トラフェールの武器のお陰で剣技の方は上達の兆しが見え始めているものの、こちらの方は相変わらず絶不調である。しかし、だからといってやらないわけにもいかない。いつも行っているように大木へ背中を預け、目を閉じて息を吐く。集中していくにつれ、風が穏やかにそよぐ音や動物達の賑やかな鳴き声が次第に遠ざかっていき、やがて自分の周囲が外界から切り取られてしまったような錯覚に陥る。瞼の裏に永遠と広がる暗闇に意識を集め、そこにイメージを作り上げていく。初めはぼやけていたそれが段々と形を帯びてきて、最終的には小さな岩となった。
しかし。それだけである。
「……うーん、やっぱり駄目かあ」
集中が途切れ、僕は両目を開けて大きく背伸びをした。これまでと全く同じである。岩を頭の中で想像する事は簡単に出来るようにはなったのだが、それが一向に魔法に生かされないのだ。当然、ロックの魔法を唱えてみても反応無し。失敗して爆発やらが起こる気配すら皆無だ。
「何が足りないんだろう……わっ」
途方に暮れ、悩む僕の鼻先に、突然ある物が出現する。それは香ばしい匂いのするバーベキュー串だった。串に豚肉や人参や玉葱など、様々な具材が突き刺さっていて、その上には食欲をそそるタレがたっぷりと掛かっている。
「ほら、差し入れ」
声に釣られて振り返ると、いつかの如く大木を挟んでセティが後ろに立っていた。口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいて、右手には例の串を、左手には茶色い紙袋を抱えている。僅かに覗ける中身からして、どうやら全てバーベキュー串らしい。直感的にある予想をしてしまった僕は、開口一番に彼女へ訊ねた。
「それ、店からくすねた食べ物じゃないよね」
瞬間、彼女はギクッとしたように顔を強ばらせる。
「や、やだなぁ。レン君ったら人聞きの悪い。屋台の人の姿が見えなかったから、勝手に取ってきただけだって。代金はしっかり置いといたよ」
「本当に?」
どうも、信じられない。
「まあ、いいじゃん。きちんとお金は払ってきたんだし」
どうせ面と向かって話しても売ってくれないんだからさ。彼女は愚痴をこぼすように呟いた後、
「と・に・か・く。早く食べないと冷めるって。屋台の食べ物は鮮度が肝心なんだから」
と、気を取り直した様子で、手に持った串を勧めるように突き出してくる。
「別に食べたくないんだったら食べなくてもいいよ? あたしが全部一人で食べるから」
「……えっ、そ、それは」
「どうするの? 食べるの? 食べないの?」
その食欲をそそる香りを嗅いで、僕は自然と唾をゴクリと飲み込む。最初は警戒していた僕の心もだんだんと弱っていき。
そして。
「……頂きます」
小さくお辞儀して、僕は彼女から差し入れの食べ物を受け取ったのだった。




