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「本当!?」
セティの言葉を聞き、僕は嬉しさから自らの頬が綻ぶのを感じた。
「じゃあさ、さっき話した瞑想のコツについて聞きたいんだけど」
「あー、ごめん。それは無理」
「え」
即答した彼女に対し、僕は小さな呟きの声を洩らす。セティは申し訳なさそうな笑みを浮かべて頬を掻き、
「ほら、あたしって誰かに学んで魔法覚えたわけじゃないから。瞑想なんて高尚な練習した事ないもん」
「で、でもさ。感覚について何か分かるんじゃない? 頭の中で魔法のイメージをするってやつの」
「そうねえ……」
僕と同様に大樹へ背を預けた彼女はそのほっそりとした人差し指を唇の下に当て俯き、唸りながら考え込む。
「……んー、確かにイメージっていうか、それに似たような事はいつもしてるけど」
「どんな感じなの?」
「そうね、一言で表すと、『物を作り出す』みたいな?」
「物を作り出す?」
オウム返しに訊ねると、彼女は伏せていた顔を上げて僕を見つめ、小さく肩を竦めた。
「頭の中で氷柱を作り出したりとか、燃え広がろうとする強大な炎を圧縮してその威力を集中させて発射したりとか、そんな感じ。一応ほら、頭の中で想像してる事でしょ?」
「うーん、同じような事なら僕もしてるような気がするんだけどなぁ」
岩を出現させる空想は数え切れないくらいに試してきたのだ。となると、やはり自分のやり方がどこかしら間違っているのだろうが、先ほどの話からは全く検討がつかない。
色々と話した末、セティはこのように提案してきた。
「一回やって見せてよ。そしたらアドバイスが浮かぶかもしれないし」
勿論、断る理由はある筈もなく。了承した僕は大きく息を吸った後、両目を閉じて瞑想の体勢に入った。頭の中に思い描くは、イルラミレがロックの魔法で作り出したあの大岩。
しばらく経って、僕は目を開き、セティを見た。
「どうだった?」
僕の問いに、彼女は眉を潜めつつ首を傾げる。
「うーん……正直、魔力の気配は全く感じなかったよ」
「魔力の気配を、感じなかった?」
「つまり、魔法が起きる気配がなかったって事」
彼女の説明によれば、巧妙に隠したりしない限り、魔法発動の『気配』や『痕跡』は簡単に残ってしまうのだそうだ。イルラミレのように他人に内包されている魔力を関知する事はセティでも不可能らしいのだが、そういった類のものは察知出来るのだという。彼女自身、『魔法を使おう』と思うだけでも自らの身体から魔力が僅かながら放出されるのを実感しているらしいのだが、先ほどの僕からはそういった印象を覚えなかったのだそうだ。
「じゃあ、何が欠けてるんだろう……」
「そうね……」
悩んだ末、彼女は呟くように言った。
「何となく思ったんだけど、『魔法を使う』って強く念じるような、そんな気持ちが必要なのかも」
セティが草原に初めて姿を現した翌日の午前中。陰鬱な雰囲気を漂わせる曇り空の下、僕はワズリースと向かい合っていた。鈍く光る剣を握りしめる両手には絶えず微弱な震えが走っている。今日は実際の剣を使った初めての稽古なのだ。ちなみに僕の剣は城の中古品を彼が借りてきたものだ。
「さあ、来なさい」
同じく武器を構えている彼に促され、僕は大声を上げて駆け出した。
「や、やあああああ!」
突進しつつ、掲げた剣を勢いよく振り下ろす。だが、渾身の一撃は軽やかに繰り出された相手の剣に呆気なく弾かれる。攻撃を僅かに逸らすように防がれた僕はたちまちバランスを崩し、盛大に尻餅をついた。もしクッションとなる草々が無かったら、僕は今頃、現在のそれとは比べ物にならないような激痛に見舞われていた事だろう。
「アイタタタ……」
「やっぱり、本物の武器はまだ早いか。恐怖もあるようだし」
尻をさすりながらゆっくりと立ち上がる僕を眺めて、ワズリースが独り言のように呟く。
「どうだい? 感想は」
「す、凄く重いです」
木刀でさえ手足のように扱うのが難しいのに、本物となると振り回されないように踏ん張るだけでも難しい。
「もっと軽い剣ってないんですか?」
するとワズリースは渋い表情を浮かべ、
「探せばあるにはあるだろうけど……使いやすい物というのは、それなりの値段がするものだからなぁ」
その言葉に、僕はハッとする。以前、ワズリースに新品の木刀を買ってもらったばかりだ。流石に競技用の剣くらいは自分で調達しなければならない。木刀で出場、という手も考えられるが、その強度を考えるとあまり現実的な案ではないだろう。
――どうにかして手に入れられないかなぁ。軽くて、扱いやすくて、僕でも容易に振り回せるような剣。
勿論、道端で拾うか宝箱を発見でもしない限り、そんな都合のいい剣が簡単にゲット出来るわけがないのだが。ついつい無い物強請りをせずには入られない。
そこまで考えて、僕はある事を思い出した。
――ん、待てよ。
そういえば、随分と前に宝箱から剣を入手した記憶がある。あれはいつの事だったっけ。確か、そう。ゲルーテと戦っていた、あの森でだ。しかし、僕が意識を失っていたせいもあってか、その後の剣の行方は知らない。誰も身につけていなかった事から察するに、もう破棄してしまっている可能性もなくはないが、一応確認してみた方が良いだろう。
「それじゃ、もう一回手合せしようか」
「あ、はい。お願いします」
――エリシアにでも、聞いてみようかな。
再び剣を構えつつ、僕は心の中で考えを纏めたのだった。




