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 結論からいえば、地下二階には目新しい箇所が無かった。


「あれ?」


 僕は思わず瞬きをする。ちょうど地下十階のように、土と岩で囲まれた何の変哲もない構造だ。蜘蛛の巣に覆われていたり、水路が走っていたり、扉で道を閉ざされたりしていない。立て札のサイズも従来通りである。


「原点回帰ってやつかな」


 少し不思議に思いながらも、掲示板の元へ向かう。




『ちょー重要な掲示板! その11』




「最初はかなり違和感あったよなぁ」


 こういう言葉使いにも慣れてしまったとしみじみ思う。




『もう一息という所までやってきた愛しの君へ。


 地下二階、到達おめでとう!


 下の扉はすんなり開く事が出来たかな?


 地上に出れば、力だけではどうにもならない問題も沢山あるからね。まあ、今の君じゃ力を使っても微々たるものだろうけど、それを気に病む事はないよ。しょうがない事だから。


 さて、君も薄々感じているだろうけど、この階は実にシンプルな作りになっている。このダンジョンに来た最初の頃を思い出すだろう?


 ここでは、今までの経験で得た知識を使って、自力で階段までたどり着くんだ。従って、攻略のヒントやここに出現する敵の情報等は一切無しだ。


 尤も、少しダンジョンを歩き回れば嫌でも遭遇する事になるだろうけどね。


 とにかく、地上まではもう少しだ。


 地下一階目指して、もう一踏ん張りだ!


 追記

 ちょっとヒントでも追記したい所だけど、我慢我慢。

 あ、もしかして少し期待とかしてたかい?』




「……なんか、前もこんな追記の仕方されてたような」


 所々に皮肉が混じっているのがちょっと嫌味な感じがする。


 とにかく、と僕は心を入れ替えた。


「今回は、これまでの階層の総決算って感じなのかな」


 ダンジョンの様相から察するに、恐らくオーソドックスな探索になるだろう。迷宮の中を歩き回り、敵に対処しながら階段のある部屋を目指すというような感じだ。ここ最近は癖のある階層が続いていただけに、少しホッとする。


「不気味なクモとか水路とか、そういうシチュエーションが無くなるなら、気持ち的にはやりやすいかも」


 勿論、気を抜くわけではないけれど、あれらの階層は肉体的によりは精神的に疲労が大きかっただけに、正直に言えば安堵の気持ちの方が強かった。


「それに、ここを攻略してしまえば、後は地下一階だけだ」


 掲示板にも書かれていたように、ダンジョンもついに終盤戦に突入したのだ。モチベーションもだいぶ上がっている。


 ふと、前の階で眺め続けていたモンスター達の石版が脳裏をよぎる。一癖も二癖もあって、彼らには随分と苦労させられた。スライムを蹴って手痛いしっぺ返しを食らったり、ゴブリンやネズミにたこ殴りにされたり、落とし穴の先に悪臭植物が待ちかまえていたり、可愛いウサギから予期せぬ反撃を受けたり、何もしていないクモがやけに不気味だったり、魚に道の上から水の中へ叩き落とされそうになったり。それぞれの個性的な手段でかなり苦戦させられた。けれど、彼らの壁を一つ一つ乗り越えて、最初はすぐに倒されてばかりだった僕も、少しは成長出来た気がする。


「……よし、頑張るぞ!」


 気持ちを引き締めて、僕は小部屋の入り口へと一歩を踏み出した。






 いつ敵に出会うか分からないので気を緩ませずに、薄暗い通路を一歩ずつ慎重に進んでいく。しばらくして、僕は通路の奥からやってくる人影に気がついた。そう、『人影』だ。


 ――まさか、この階の敵って人間?


 背筋に緊張が走る。しかし、前方の人影は僕めがけて走り出すような事もせず、おぼつかない足取りでゆっくりと近づいてくる。ふと、僕の脳裏に先ほどとは違う考えが浮かんだ。


 ーーもしかして、この人も僕と同じで、このダンジョンの中をさまよっているんじゃ。


 僕は後ろに下がらず、しかし近づきもせず、じっと人影の様子を見守る。やがて、僕の持つ石の輝きに照らされて、人影の姿が明るみになった。




 ――服を着ておらず、肉すら削ぎ落ちてしまっている。




 そう、目の前の相手は白骨死体だった。


「……ヒッ」


 情けない悲鳴が自然と口から出ていた。逃げなきゃ、脳は危険を察してそう命令してくるのだが、恐怖で体中が強ばってしまって動かない。


 白骨が瞳の無い目をこちらに向けて、所々が欠けた歯をガチガチと鳴らし、ギシギシと体中を軋ませながら近づいてくる。


 その手が僕の肩に伸びきるまでに、ようやく僕は体の自由を取り戻した。


「ぎゃあああああ!」


 迷宮内に響きわたるような大声で叫びながら、全力で猛ダッシュする。後ろを時折振り向いたが、白骨死体は走って僕を追いかけてはこなかった。動きは鈍いのだろうか。


 しかし、別の通路へ出た途端、別の個体が僕の行く手に立ちはだかっていて、僕は一瞬で回れ右をして他の通路へと逃げ込む。すると、そこにはまた別の白骨死体。


「うわああああ!」


 しばらく無我夢中で逃げ回って、気がついた時には、僕は見知らぬ部屋の中でゼイゼイ息を切らしていた。


「な、何なんだろう、あれ」


 骸骨だよ、とは頭で分かっていたものの、口に出さずにはいられない。真っ暗闇の中からヌッと現れたシャレコウベが、脳裏に焼き付いて離れない。あまりに衝撃的過ぎた。心なしか、辺りの空気が寒々しいように感じられる。


「ぜ、絶対生きてないよ、アレ。し、し、死んでるのに動いてる」


 僕は震える声で、自然と呟いていた。


 記憶に新しい彼らの姿に怯える事を止め、心が平静を取り戻すには、だいぶ時間がかかった。


 しかし、落ち着いてから考えると、僕は一つ有利な点に思い当たったのである。


「ぜんぜん追いかけてこなかったし、ひょっとしてゴブリンよりは相手にしやすいんじゃないかな」


 ゴブリンの場合、こちらが逃げ出せば躍起になって追いかけてくる。更に僕よりも体力があるから、ただ逃げるだけでは絶対に追いつかれてボコボコにされていた。


 その点、この階の敵は動きが鈍いので、今のように走れば十分に撒く事が出来る。そう考えると、もし特殊な攻撃を持たないとしたら、対処はこちらの方が楽だ。


「怖いけど、我慢すれば何とかなるかも」


 淡い希望が湧いてきた。その時だった。


 小部屋に通ずる四つの入り口、その内三つから、無数の白骨達が同時にやってきた。いきなりの事に、僕は言葉を失う。


 彼らは部屋の中心で木の棒に重心を預けている僕に、一歩一歩近づいてくる。


 ――逃げなきゃ。


 幸いにも空いていた一つの入り口から通路に出ようと、僕はすぐに駆けだした。


 しかし。


「わっ!」


 通じていた通路の左右からも、彼らはやってきていた。強行突破しようにも、数が多すぎて恐らく無理だろう。僕は部屋の中へ引き返そうとするも、既に彼らは通路の方にまでやってきていた。

 つまり、僕は逃げ場もないまま、大勢の白骨達に囲まれてしまったというわけだ。どこかへ身を隠そうとしても、辺りには壁しか無い。


「うう……」


 徐々に、しかし確実に距離を縮められていく。ダメもとで石の輝きで照らしてみたが、全く効かない。単純に光が弱点というわけではないようだった。


 そして、ついに目前へと迫った彼らの手が、壁際に追いつめられた僕へと伸ばされ、握りしめられた肩や腕から冷たい骨の感触が伝わってくる。眼下に迫る、表情の無い空洞だらけの骸骨達。たまらず、僕は絶叫した。


「……う、う、うわあああああああ!」


 得体の知れない怪物達が寄ってくる恐怖に押しつぶされ、僕の意識が途絶えたのは、ある意味では幸運な事だったのかもしれない。

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