2
朝食を終え、再び自室に戻った僕はベッドに寝ころび、これからの事について考え込む。程なくして、廊下から足音と談笑が聞こえてくる。感じからして、恐らくはミレナとエリシアだろう。二人は階段を降りていき、その声も次第に遠ざかっていった。
宿に取り残された僕は、自分の他に誰もいない部屋の中で、しみじみと呟く。
「……本当は、こうしてる暇もないんだけどなぁ」
今更、勝負をキャンセルするわけにもいかない。一刻も早く大会で闘う力を身につけなければならないのだが、剣を振るうにしても独力では無理だ。技術を指南してくれる相手が必要になるのだが、残念な事に、それを頼めそうな人物が近くにいない。昨夜の帰り道、ミレナに剣術を教えてもらおうとは考えたのだが、結局それを告げられずに宿に到着してしまった。短剣使いのフォドは相変わらず留守である。
となると、僕の脳裏に思いつく残りの選択肢は二つだ。現在は城に泊まって魔王に関して調べているノルスと、国王によって城に招かれているワズリース。この二名である。特にミレナの父親であるワズリースは凄腕の剣士だというのだから、彼を師事するのが最良ではないだろうか。
「……取りあえず、城に行ってみよう」
このまま部屋で寝ていても始まらない。同じく城で鍛錬しているセディルに出会うかもしれないのが少し気がかりだが、それはしょうがないだろう。意を決し、僕は外出の準備をして宿を出た。
しかし。城へと続く人気のない野道を歩いていた矢先、僕は思わぬ人と遭遇した。向かいからやってくる僕の存在に気づいたらしい相手が、親しみのこもった言葉を投げかけてくる。
「あら、レン君じゃない」
「イ、イルラミレさん!?」
そう。僕に話しかけてきた相手は、あの占い師の女性だったのだ。スタイル抜群の肢体を、彼女は相変わらず占い師らしい怪しげな衣装で包んでいる。腰までかかる黒髪は微風に靡き、その大人っぽい美人な顔立ちと相まって、彼女の艶めかしい雰囲気を更に際だたせていた。
「こんな所で会うなんて奇遇ね……そういえば、昨日は大丈夫だったの?」
彼女は僕の顔を覗きこみながら、
「あれからずっと心配だったんだけど」
「あ、はい。大丈夫でした」
そういえば昨日、彼女と話している最中にさらわれたんだったっけな、と今更ながらに思い出す。僕の言葉を聞き、イルラミレは安堵の息をついて、
「そうだったの、無事で良かったわ」
「ところで、イルラミレさんは城に用事でもあったんですか?」
この道の先に城以外の建物は存在しない。だから、ここを通るとすれば城へ向かう以外の理由はないだろうと僕は考えたのだ。
「うーん、まあ、そんなところね」
彼女は髪を弄びながら返答し、
「レン君の方はどうなの?」
と訊ねてくる。
「ワズリースさんにちょっと用事があって」
「あら、奇遇ね」
「えっ?」
僕が小さく声を上げると、イルラミレはニッコリと微笑んだ。
「私も彼に会いに来たのよ」
でもね、と彼女は肩を軽く竦めて、
「さっき城で聞いたんだけど、どうやら留守みたいね」
「そうなんですか……」
フォドにしろワズリースにしろ、こんな時に限って不在だとは。朝から胸に秘めていた孤独感がいっそう強まり、僕は落胆せずにはいられなかった。その気持ちが、表情か何かに出てしまっていたのだろう。イルラミレは不思議そうに目を瞬かせて、
「もしかして切羽詰まった用事なの?」
「え、と。まあ、実はそんな感じで」
「私で良かったら、相談に乗ろうか?」
突然の申し出に戸惑ったものの、しばらく迷った末、僕は彼女に今までの経緯を説明する事にした。王都に来たばかりの僕が頼りに出来る人間は限られているし、イルラミレならそれなりのアドバイスをもらえると思ったのだ。
「……なるほどねえ。それは確かに難題だと思うわ」
僕が全てを語り終えると、彼女は腕組みをし、考え込みながら言った。
「随分と無茶な勝負を受けちゃったわね、レン君」
「す、すいません」
「まあ、しょうがないか。男の子だものね」
「……え?」
いきなり告げられた意味不明の言葉に、僕の目は自然と点になる。そんな僕がおかしかったのか、イルラミレはクスリと笑い声を洩らして、
「ううん、さっきのは気にしないで。とにかく、君の判断は正しいと思うわ。彼、剣を人に教えるのも上手だから」
「でも、ワズリースさんは城にいないんですよね? どうしよう……」
「大丈夫よ」
僕が意気消沈して呟くと、彼女は魅力的なウインクをした。
「彼の居場所、だいたい見当はついてるの。探すの手伝ってあげるわ」
思いもがけない提案を受け、僕は驚く。
「いいんですか?」
「いいのよ。ちょうど、彼を見つけに行く途中だったの。だからあまり気兼ねしないで」
それじゃあ行きましょう、とイルラミレはついてくるよう手振りで示し、歩き始める。僕は慌てて彼女の後に続き、先ほど通った道を戻り始めた。
こうして僕は、彼女と共にワズリースを探す事になったのである。




