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目覚めたら僕はダンジョンにいた【第三回なろうコン一次選考通過作】  作者: 悠然やすみ
第七章「ハツラツ魔術師、下水道の魔物」編
150/275

19

 ――あ、ミレナだ。


 見慣れた彼女の後ろ姿を見つけ、僕は自然と心中で呟くと同時に、石壁の陰に身を引く。そのまま出ていっても構わないといえば構わなかったのだが、直感的にまだ隠れていた方が良いのではないかと思ったのだ。


 ミレナがいたのは迷路の出口から左側の方向で、彼女の側には当然ながらセディルの姿もあった。闇夜でも目立つ金髪をした少年騎士は僕に背を向けて座っており、対する橙髪の少女剣士は僕の位置からでも顔が分かる位置に腰を下ろしていた。二人とも僕の存在には未だ気がついていないようで、野草の生い茂る場内に根を下ろしている大木の陰で何やら話し込んでいる。両者の剣と槍が側に置かれている事から察するに、訓練を終えて談笑の真っ最中らしい。


「……それは驚きました」


 様子を伺い始めてから程なく、セディルの感嘆を込めた声が聞こえてきた。


「まさか、貴女のお父上がワズリース殿だったなんて……でも、道理でお強い筈だ。それで先ほど仰っていた、修行の旅を?」


「ま、そういう事ね」


 得意げに話すミレナの表情は、どこか楽しそうだ。


「アンタも、なかなか強いじゃない」


「いえ、私は未熟ですよ。まだまだ新米ですし」


 彼は肩を竦めながら、


「騎士団は歴戦の強者揃いですしね。こうしてミレナさんと手合わせしてみて、改めて修練が足らないなと感じましたよ……そうだ!」


 急に何かを閃いたらしく、セディルはパンと両手を叩いた。




「どうでしょう、ミレナさん。メリスティア聖騎士団に入りませんか?」




 ――えっ?


「……えっ?」


 突拍子もない提案に、ミレナは驚いたように目を見開いた。きっと、僕自身も同じような面持ちをしているのだろう。そんな僕らとは対照的に、高揚している様子のセディルはハキハキとしている。


「えっと……でもアタシ、城に全く関係ない人間だし。特に名が売れてるわけでもないし」


「大丈夫ですよ!」


 困惑している彼女を励ますように、セディルは明るい調子で言った。


「ワズリース殿は城の中でも有名で、しかも王様の信頼を得ている人物です。その娘ともなれば、団長だって無碍にはしないでしょう。それに、実力の方は私が保証します」


 彼は自らが着ている鎧の胸辺りに手を当てて、


「ミレナさんならきっと、騎士団でも有数の剣士として名を上げる事が出来ますよ。もし団長が貴女の入団を渋るような事があったら、私が前で進言します。ミレナさんはこれ以上ない逸材なんですから。メリスティア聖騎士団に入ったとなれば、きっとお父上もたいそう喜ばれるに違いありません!」


 もの凄い勢いで入団を迫るセディル。座ったままミレナに詰め寄る彼の姿を目にしながら、僕の心に暗い不安が押し寄せてきた。もし、彼女がこの申し出を受けたならば。これから一体、僕はどうすればいいのだろう。騎士団に入れば、ミレナはきっと城暮らしだ。もう一緒にはいられない。しかし都に留まるにはお金を稼がなくてはならず、その手段を僕は一切持っていない。かといってこの場所を出て暮らすにしても、動物狩りなんて出来ないし、のたれ死ぬのが関の山だ。


 要するに、独りで生きていこうとすれば八方塞がりなのである。エリシアの村に住まわせてもらうか、フォドと一緒に野外生活をするか。しかしこれらの考えだって、結局は彼らの気持ち次第だ。


「で、でも……」


 躊躇っているような声が聞こえてきて、僕はハッと現実に引き戻された。幸いにも、ミレナはセディルの勧誘にあまり乗り気ではない様子だった。浮かない顔つきの彼女を見て、本人には悪い気がするものの、僕の心は少しだけ楽になる。


「お気持ちは有り難いんだけど……」


 彼女に似つかわしくない戸惑いを含んだ口調で、ミレナはゆっくりと言った。その迷いを湛えた瞳が右へ左へ、言葉を探しているかのようにさまよっていき。


「でも……」




 僕と彼女の目と目が、急にぶつかった。




「……あっ」


「ん、どうかしたのかい?」


 小さく声を上げて自らの後ろへ驚愕の視線を送るミレナをいぶかしんだのか、セディルはゆっくりと背後に振り向く。彼はすぐ僕の存在に気がついたようだった。そして、セディルは不快そうに眉を潜める。彼の性格からして、恐らくは無意識のうちにだろう。


 兎にも角にも。このまま去ってしまうわけにもいかないので、僕はおずおずと迷路の入り口から訓練場の中へと足を踏み入れ、彼らに歩き寄った。出来るだけ普段通りの笑みを浮かべ、取りあえず挨拶をする。


「や、やあ」


「君、今の話聞いてた?」


 僕の声を無視し、セディルはそう訊ねてきた。心なしか、口調が鋭く感じられる。


「ううん」


 僕は小さく首を横に振って、


「ついさっき来た所だよ」


「へえ、そうなのか」


 彼が僕の言葉を完全には信用していないと、その声色から容易に察しがついた。セディルは複雑そうな表情をしているミレナに向き直ると、


「ミレナさん。彼が先ほどの話に出てきた、レンって奴かい?」


 彼女が頷くと、セディルは僕の方をチラッと見る。前に会った時とは違い、その表情には冷淡な感情がにじみ出ているような感じがした。


「ねえ、セディル」


 異様な雰囲気を察したのか、ミレナはおずおずといった調子で彼に話しかける。




「さっきの話だけど……アタシ、遠慮しとく」

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