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「は、はぁ……」
対面している相手がミレナの父親だと思うと、何だか気後れしてしまい、僕は曖昧に頷く。部屋の中に招き入れたまでは良かったものの、微妙な沈黙が漂い始め、気まずいと感じた矢先。椅子に座っていた彼が急に窓の外に興味を惹かれたらしく視線を移したので、僕は内心ホッと息をついた。眼下に広がる街をしげしげと眺めているワズリースを、僕はこっそりと観察する。
腰まで無造作に伸ばされている黒髪。若干ほっそり気味ながらもハンサムな顔立ち。細身で高身長、どこかスマートな印象を抱かせる外見。若干奇妙な行動が目立つものの、礼儀正しい立ち振る舞い。どれを取ってみても、娘と全く異なっている。ミレナが太っているわけではないがのだ、身に纏っている雰囲気が彼女と全く似ても似つかないのだ。
――って、こんな事を考えてるのバレたら怒られちゃうかな。
吹き出しそうになるのを懸命に堪え、僕は顔を俯ける。
――けど、本当に似てない親子だなぁ。
改めてしみじみと感じながら、僕は再び父親の方を見やる。やはり、最も首を傾げてしまうのは髪の色だろうか。ワズリースの黒に対し、ミレナの方は明るい橙色だ。勿論、彼女の母親が同じ色だという事も考えられるには考えられるが、それにしたって現状では不自然だと思ってしまうのだ。二人の性格も容姿も異なり過ぎている為に。
「なかなか、帰ってこないね」
おもむろに振り向き、ワズリースは僕に話しかけてくる。
「え……っと、そうですね」
一瞬、何の事を言われているのか分からなかったが、すぐにミレナについてだと気がついた。どうやら何か好奇心を擽る光景を目にしたわけではなく、我が子が帰ってくるのをずっと待っていたらしい。
「随分遅いね。一体どうして城に残ったんだい?」
「確か……何とか騎士団の人に戦いを申し込まれて、それで」
「メリスティア聖騎士団?」
「あ、はい。それです」
「ふむ……そうかそうか」
ワズリースは満足げに腕組みしつつ、
「とうとう彼らから試合を受けるまでに成長したのか」
そういえば、この人は凄い剣士だとフォドが言っていた事を思い出す。しかし、剣の鞘を腰に差してはいるものの、その柔和な雰囲気からは全く想像がつかない。どちらかと言うと、本が大好きな学者のような感じがした。
「しかし、ずっと待っているというのも退屈だな……そうだ」
小さく手を叩き、ワズリースは懐からある物を取り出して僕に差し出す。それは以前にも小さな女の子に与えていたのに似ている、鮮やかな緑色のロリポップキャンデーだった。
「飴は嫌いかい?」
問いかけに首を振ると、彼はそうだろうと言わんばかりに何度も頷いて、
「なら、遠慮せずに受け取りなさい」
「あ、ありがとうございます」
棒状のキャンディーに被さっていた透明な包みを取り、口元へと運ぶ。次の瞬間、僕の咥内に甘美な味わいが広がった。どうやらこの飴はメロン味らしい。ふと見ると、ワズリースは既に自らの分を口一杯に頬張っていた。一体、何味なのだろうか。
「こういうの、いつも持ち歩いてるんですか?」
「うむ。その通りだよ。飴を嫌う人間は殆どいないからね。特に」
彼は茶目っ気たっぷりに瞬きしながら、
「小さな女の子は、ね」
「あ、あははは。そ、そうですか」
思わず、乾いた笑い声が口から飛び出してしまう。小さな女の子が好む食べ物を常日頃から持ち歩くのは、少なくとも普通と呼べる習慣ではないだろう。
――何だかこの人、本当にヤバいっぽいかも。
「……ミレナも、幼かった頃は美味しそうに食べてたんだがなぁ」
心の内で若干引いている僕に気がつく様子もなく、はぁ、と深い嘆きのこもった溜息をつきながら、急に落ち込んだ様子のワズリースは沈んだ調子で、
「昔は私が飴を取り出せば心底嬉しそうにはしゃいでいたのに、成長するにつれて段々と態度が冷たくなってしまったよ。『美味しいか?』と訊ねても『ふつー』としか答えなくなってしまったし……」
「う、うーん……」
彼女の性格から考えてみるに、当たり前な話だと思った。
「小さかった時は本当に素直で可愛かったのに……これが数々の親を苦しめてきた反抗期というやつなんだな、きっと」
「ちょっと違う気もしますけど……それに、今でも充分素直ですよ、ある意味」
「そういえば、レン君は結構な期間、ミレナと一緒に過ごしてきたんだったね」
落胆のせいで僕の言葉が聞こえていなかったらしく、我に返ったらしいワズリースはそう口を開いた。僕は過去を振り返りながら答える。
「そうですね。前に助けてもらって、それからずっと一緒にいました」
「良かったら聞かせてくれないかい? 君達の旅話を」
「……はい、分かりました。えっと」
彼に促され、僕は記憶を回想しつつ、これまでの旅について喋り始める。
右も左も分からない草原でゴブリンに襲われ、済んでのところで命を救われた事から始まった僕の語りに、ワズリースは両目を閉じて口を挟む事なく、穏やかな表情で聞き入っていた。




