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「……あのさ」
一通り文面に目を通した所で、ある事に気がついた僕はユミラと呼ばれた女の子に話しかけた。
「答えは一番最後のページに載ってるって書いてあるんだから、そこを見れば良いんじゃない?」
「見ようとしたけど、なかったんだもん」
即答した彼女は、本を裏返して僕に見せる。なるほど、背表紙を含め、最後の数ページがちぎれてしまっている。これでは答えを確かめる事も出来なくて当たり前だ。装丁がボロボロの本だ。きっと、誰かが捨てた物をどこかで拾ってきたに違いない。
とにかく、僕はもう一度、出題文を読み直す。まずはクイズその一からだ。
いえねこ
うみねこ
すなねこ
とら
この四つの生き物の中で、仲間外れを見つけなければならない。名前を見ているうちに、僕は早速二つの解答に思い当たった。
「『とら』だけ二文字だよね。これじゃないの?」
「お兄ちゃん、何言ってるの?」
幼子でも分かりやすそうな答えを口にすると、ユミラは顔をしかめて、
「そんな小さい子でも分かるような答えなわけないじゃない」
「そ、そうだよね。あはは……」
――君だって、小さな子供じゃんか。
心の中で突っ込みを入れつつ、僕はもう一つの予想を口にした。
「じゃあさ、『うみねこ』だけ猫じゃないとか」
「えっ?」
先ほどとは違い、彼女は驚いたように何度も瞬きをした。
「うみねこって、海にいる猫の事じゃないの?」
「違うよ。うみねこは鳥の名前」
「じゃあ、『いえねこ』とか『すなねこ』は猫なの?」
「うん」
「ちゃんと家の中とか、砂の中にいる?」
「た、多分……」
いくら何でも、砂の中にはいないんじゃないかとは思ったが、その辺のところはよく知らないのではぐらかす事にした。
「本当の答えは分からないけど、多分このどっちかだと思うよ」
取りあえず、僕はクイズその一のまとめをして、その二の文面へと目を走らせる。
うさぎ
ねこ
すかんく
いぬ
「ス、スカンク?」
兎や猫、それに犬といった定番小動物の中に一匹だけ異質な生き物が混じっていたので、僕は思わず困惑の声を上げていた。どうして、子供用のクイズブックにスカンクなんか使っているのだろう。
「なんか、ウサギだけ雰囲気が違うよね」
僕がしきりに頭を悩ませていると、隣でセティが独り言のように呟く。俯きがちのラムンも、彼女に同意を示すように小さく頷き、か細い声で、
「……耳も、長いし」
――耳?
彼の言葉に、僕はハッと気がつかされる。
「……そうだ! 数え方だ!」
「かぞえかた?」
愛らしく小首を傾げるユミラ。一方、セティは眉を潜めて、
「数え方? 何で?」
「だって、ほら」
僕は指で数字を作りながら理由を語る。
「猫とか犬とかは一匹、二匹、三匹って数えていくけど。兎は一羽、二羽、三羽って数えるでしょ?」
「……あっ、そっか!」
我が意を得たり、といったようにセティは自身の手をポンと叩いた。
「だから、兎が仲間外れってわけね!」
ユミラは顔を綻ばせて、嬉しそうに叫ぶ。
「わあ! セティお姉ちゃん頭良い!」
「い、いや。あたしは別に何も」
「それでも凄い!」
「え、えへへ。まあ、褒められると悪い気はしないけど」
「流石、セティお姉ちゃん!」
――最初に気がついたのは僕なんだけど。
内心でガックリ肩を落としつつも、第三問目を考え始めようと、僕はまたもやページを注視する。
そして、今度は首を捻らざるを得なかった。
ちょう
とかげ
わに
だちょう
「……あれ?」
今度はこれまでと違い、ハッキリとしたグループといったものが一見して分からなかった。蝶は虫、蜥蜴や鰐は爬虫類。駝鳥は鳥。大きさも、容姿も、分類も、文字数だって、てんでバラバラである。仲間外れを見つける事はおろか、これらのうち三種がどんな繋がりを持っているのかさえ、ほとほと検討がつかない。
「どう、なんか分かった?」
溢れんばかりの期待のこもった眼差しを向けてくるセティに対し、僕は首を横にゆっくりと振る。
「うーん、サッパリ」
どうも、今回の問題は前の二つと比べて難しい気がした。
「ねえねえ、ちょっと気になったんだけど」
おもむろにユミラが喋り出す。
「さっき兎を『わ』って数えるって言ってたけど、それってどうしてなの?」
「それはほら、兎ってさ」
僕が口を開く前に、セティが人差し指を天井に向けながら説明を始めた。
「兎の耳って、鳥の羽みたいに見えるじゃない? だからよ」
「猫みたいに『ひき』じゃ駄目なの?」
「それは……分かんない。君は?」
話題を振られ、僕は肩を竦めて笑う。
「僕もそこまでは知らないや」
「ふーん」
ユミラは瞬きをしながら、
「別に『ひき』でも良いと思うけどなぁ」
と、不思議そうに呟く。
その時だ。僕の体に、電流が走った。
――待って? もしかして……。
慌てて僕は三問目の文章を読み直す。ちょう、とかげ、わに、だちょう。一つ一つに対して、ゆっくりと考えを進めていき、そして僕はようやく『ある事』に気がつく。次の瞬間、嬉しさのあまり、僕は自然と叫んでいた。
「あっ! 分かったよ!」




