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22

 ――ど、どうしよう。


 パニックに陥りながらも、必死で現在の状況を整理する。僕はどうやら、自分の身柄を拘束している『魔術師崩れ』なる人物の人質となってしまったらしい。先ほど僕が感じた視線は、捕らえる相手を選定し終えた結果だったのだろう。自分で感じるのは情けない部分もあるが、僕の体格は同年代の少年達と比べると痩せているし背も小さい。周囲には幼い子供の姿も見当たらないし、客観的に見て僕に白羽の矢を立てたのは理にかなっていると思った。


 けれども、流石にこのまま黙って捕らわれの身となるわけにはいかない。


 ――イルラミレさん!


 一縷の望みを賭け、僕は近くにいた凄腕占い師に助けを求める眼差しを送る。


 しかしながら。


「あらあら……」


 彼女はまるで慌てている様子もなく、少し困った事が起きたわ、くらいの軽い表情で僕と盗人を交互に見やっていた。


 ――そりゃ、ないよ。


 僕は心の中でがっくりとうなだれる。一方、盗人を追ってきた一同は僕の顔面に突きつけられた鋭き氷塊を目の当たりにし、悔しそうに足を止める。人質を取られたとあっては、不用意に近づけないらしい。彼らと反対側から駆けつけてきた兵士の一団も、歯軋りしながら停止する。


 このまま、騒動は膠着状態に陥るかに思われた。


 だが、盗人は思いも寄らぬ切り札を隠し持っていた。謎の人物は僕の首を左腕で拘束したまま、右手に握りしめていた氷柱を地面に投げ捨てると、器用にも紙袋を抱いたまま、懐から何やら丸っこい灰色の球を取り出す。


 途端、成り行きを見守っていた観衆の間からどよめきが湧き起こった。


「目を閉じろ! 煙玉だ!」


 若い青年の叫びが耳に入ってきたとほぼ同時に、盗人は掴んだ球体を思い切り目の前の地面に向けて投げつける。


 次の瞬間、僕の視界は真っ白な煙によって覆われてしまった。この感覚を僕は知っている。以前、ローリエンの町でフォドに窮地を救われた時と同じものだ。あの時は何が起こったのかさっぱり理解出来なかったが、ひょっとすると彼はこの人物と全く同じ道具を使用したのかもしれない。


「わ、わわっ」


 過去を回想していた僕は、いきなり走り出した盗人によって強引に走らされる。どうやら謎の人物はこの隙をついて逃走を計るつもりらしい。助けを求めようとして、僕は必死の思いで声を上げようとした。しかし、開かれた口から一気に煙たい空気が肺へ流れ込んできて、僕は盛大にむせる。


「ごほっ、げほっ」


 結局、悲鳴を上げる事すら叶わずに、僕は謎の人物に連れ去られてしまったのだった。






 表通りでの一騒動からしばらく経った頃。僕は盗人に引きずられるようにして、人気の少ない裏通りを半ば強制的に走らされていた。ろくな休憩も与えられず長時間の運動を強いられ、僕の心臓は声にならない悲鳴を絶えず上げている。


 ――そろそろ、解放してくれないかな。


 息を弾ませながら、酸素の足りない脳内で僕は呟く。


 だが、十字路を曲がろうとした僕達の前方から聞こえてきた大声が、淡い希望を打ち砕いた。


「いたぞー! こっちだー!」


 そう、追っ手がしぶとい為に、盗人は容易に僕を手放せない状況にあるのだ。


「……チッ」


 小さく舌打ちをして、謎の人物はきびすを返し、別の方向へと駆け出す。最早、抵抗する気力もない僕は黙って盗人に従うしかなかった。


 壮絶な鬼ごっこの末、だんだんと王都の中心から外れていく。まだ昼間だというのにひっそりとした通りを、僕達は進んでいた。追っ手はだいぶ前に姿を消しているので、今はゆっくりと歩いている。だが、既に僕は満身創痍の状態で、自身を束縛している相手に解放を求める声を上げる事すら出来なかった。


 そんな中。


「……巻き込んじゃって、ゴメン」


 ぼそりと、低い声で盗人が呟く。その口調に確かな謝罪の感情が込められているような気がしたので、僕は驚いた。


「もう少ししたら、解放するから」


 うん、と僕が疲れきった身体にむち打って返事をしようとした、その矢先。


「捕まえたぞおおおお!」


 通り過ぎようとした建物の陰から、一人の男が飛び出してきた。城の兵士のようだ。恐らく、この場で待ち伏せしていたに違いない。両手には剣でも槍でもなく太い木の棒を握りしめているが、恐らく犯人の命を奪わないようにする為だろう。


 突然の奇襲に、謎の人物が息を呑んだのが分かった。兵士は勝利を確信した表情で武器を振り被る。盗人は身を翻そうとしているが、恐らく間に合わないだろう。




 どうしてその時、僕が盗人を突き飛ばしたのかは自分でもよく分からない。




 イルラミレから聞かされた話によって、罪を犯した者に対する憐れみの感情を抱いていたからかもしれない。もしくは、先ほど相手から聞かされた謝罪の言葉が僕の心に強く刻まれたせいかもしれない。あるいはその両方からかもしれないし、ひょっとすると全く別の理由かもしれない。


 とにかく僕は何かに動かされて、相手を庇った。フードの下に隠れている二つの瞳に、明らかな動揺が映る。




 次の瞬間、脳天に強い衝撃を受け、僕の視界は暗転した。

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