20
――強力なライバル出現。恋人や想い人を奪われる可能性大。
イルラミレの言葉を受け、僕は真っ先に彼を連想した。貴族生まれで名高き騎士団に所属し、今現在、彼女と共にいるであろう、あの少年を。高貴な立ち振る舞いに均整な顔立ち、そして細身ながらも鍛え上げられている体格。
――まさか。
嫌な予感と想像が脳裏をよぎり、僕の首筋を冷たい汗が伝っていく。いてもたってもいられず、今すぐにも駆け出したい衝動に駆られた。周囲に満ちている筈の賑やかな雑踏が、やけに遠くに感じられる。
「……あの」
幾ばくかの沈黙を経て、ようやく内心の動揺を抑え込んだ僕は口を開く。
「その、占いの結果っていうのは絶対なんですか?」
「いいえ、違うわよ」
至極あっさりと、彼女は首を横に振って否定した。
「占いはあくまでも占い。予言のように明確な未来を伝えるものじゃないわ。外れる事もあるし、当たる事もある……まあ」
目の前の大人な女性は一旦言葉を切り、自身を指さしながらイタズラっぽいウインクをした後、
「私の占いは的中率九十パーセント以上だけどね」
と、更に僕の胃を落ち込ませるような事実を口にした。僕は自然とガクリとうなだれてしまう。
「それって、ほとんど当たるって事じゃないですか……」
沈みきった口調で呟くと、彼女は大袈裟に目を見開いて、
「あれ、恋人も好きな人もいなかったんじゃないかしら?」
と、意味ありげな視線を送ってくる。
「そ、それはそうなんですけど。やっぱり気になるし」
――もしかして僕、遊ばれてる?
言い訳のように慌てて言葉を紡ぎながら、僕の胸にふとそんな疑念が湧き上がってきた。けれど、口に出来る筈もない。僕は溜息混じりに質問する。
「その、もし占いが当たるとしたら、もう防ぎようがなかったりします?」
「そんな事はないわよ。だって、お金を払っても未来が変わらないんだったら、私達の商売あがったりじゃない」
未来は変えられるのよ、イルラミレはおもむろに取り出した布切れで水晶を磨き始めながら言葉を続ける。
「貴方の行動次第で、だけどね。そして、その行動の指針を示すのが私の仕事。まあ、厳密には副業だけれど」
「じゃあ、僕はこれからどうすればいいんですか?」
藁にも縋るような気持ちで、僕は彼女に続きを迫った。
「占いの結果だと、こう出てるわ。『自分の心を知る事』って」
「自分の心を知る?」
あまりにも曖昧な助言に、僕は困惑した。一方、水晶の手入れを済ませた彼女は僕に顔を向け、小さく頷く。
「そう。それが貴方の今後を左右する、大事な行動よ」
「よく分からないですけど……」
「はい、これで私の占いはおしまい」
「ええ!?」
あまりにも突然な打ち切りに、僕は驚いた。
「後は自分で考えなさい」
「で、でも」
「あんまり占いに頼りすぎるのも駄目よ。占いは所詮、占いに過ぎないんだから」
――占い屋さんがそういう事言うかなぁ。
何だか少し、理不尽な説教を受けている気分になった。
「ところで、今度はこっちから訊ねてもいいかしら?」
唐突に話題を変えられ、僕は少し不服に思いながらも頷く。
「あ、はい」
多分、この前に聞きそびれたという事に関係があるのだろうなと、僕は何となく思った。思ったと同時に、彼女が取った行動に驚き、反射的に上半身を後ろに逸らす。というのも、イルラミレが神妙な面持ちで身を乗り出してきたからだ。
「……って、な、何ですか!?」
美人で大人な女性に顔を近づけられ、僕は顔が熱くなっていくのを感じる。路地で出会った時には気がつかなかった甘い香水のような香りが、僕の鼻孔を心地よいくらいに擽った。しかも次の瞬間には、彼女の白い右手がおもむろに自分の胸に当てられ、僕は心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じ取る。
しかし、彼女の方はというと、僕の心境には全く無頓着な様子で、両目を瞑ったまま押し黙る。
「……やっぱり」
しばらくして、再び目を見開いたイルラミレはポツリと口を開く。その口調は確信に満ちた、けれどもささやかな動揺が聞き取れるようなものだった。いつの間にか、僕の心臓に当てられていた右手は引かれ、彼女も元の位置に戻っていた。
一方、僕は彼女の呟きの真意が全く読みとれないどころか、未だにドクドクと脈打っている心を宥めるのに必死という状況だった。
「あの、やっぱりって、どういう事、ですか?」
途切れ途切れに言葉を発する僕の問いに、眉を潜めて考え込んでいる彼女はすぐには答えなかった。やがて、ようやく僕が平静を取り戻した頃になってようやく、彼女は未だに困惑の色を浮かべつつ、僕に向かって口を開いた。戸惑いの感情を声色に乗せて。
「貴方ってもしかして、地術師なの?」
「……え?」
――ちじゅつし?
聞き慣れない単語と全く意図の読めない質問に対し、僕が彼女に更なる解説を求めようとした、まさにその時。
「泥棒が出たぞ! 捕まえてくれー!」
「また、例の奴が出たぞー!」
「貧民街の『魔術師崩れ』だー!」
僕達の耳に、町民達の慌てふためく叫び声が届いてきた。




