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「ほ、本当ですか!?」


 占い師の言葉を聞いて、若い女性の頬が桃色に上気していく。イルラミレは笑顔をそのままに、ゆっくりと頷いた。


「ええ。ちなみにラッキーカラーは緑色よ」


「ありがとうございます! 明日にでも告白してみます!」


「頑張ってね。それじゃあ、代金」


「はい!」


 勘定を済ませると、女性は意気揚々として立ち上がり、通りを去っていった。イルラミレは去っていく彼女の後ろ姿を見送った後、手にしている貨幣を懐へと忍ばせる。僕はおもむろに彼女の店の前まで歩いていき、おずおずと声を掛けた。


「あの」


「あ、はいはい。お客さんね……って」


 商売の笑みを浮かべて顔を上げた彼女の目が点になる。


「貴方は確か、この前の子よね。ワズリースが連れてきた」


「はい」


「どうしたの? 昨日の事で会いに来たのかしら?」


「いや、そういうわけじゃないんですけど」


 声を掛けたは良いが、何となく気恥ずかしくなって僕は頭を掻いた。別に用事があったわけでも無かったからだ。独りで右往左往していた所に、見知った顔を発見してつい話しかけた。ただ、それだけの行動である。


「たまたま見かけたので、それで」


 かなり曖昧な返答になってしまったが、それでも彼女は僕の意を汲み取ってくれたらしい。


「あら、それは奇遇ね」


 イルラミレは先ほど女性に向けたような満面の笑みを浮かべると、


「ずっと立っていないで、ここに座りなさいな」


 と、来客者用のスペースをポンポンと叩く。僕は小さく頭を下げて、指示された場所に座った。そして、ずっと気になっていた質問を口にする。


「あの……ここで何をやってたんですか?」


「何って決まってるじゃない。占い屋さんよ」


 彼女はあっさりと答える。僕は周りを見渡しながら、


「でも、昨日は路地にいたじゃないですか」


 薄暗い壁にもたれ、異質な臭いの漂う場所で見かけた彼女は今よりも神秘的で、なおかつ不気味だった。だからこそ、僕は現在の彼女に違和感を覚えたのだ。


「ああ、そういう事ね」


 イルラミレは屈託のない笑みを浮かべつつ口を開いた。


「ほら、客の需要ってやつよ」


「需要?」


 オウム返しに言葉を発しながら、僕は首を傾ける。


「そうよ。暗い場所で占いを欲する人もいれば、明るい場所で占いを欲する人もいる。どちらか一方だけを客にするよりは、どっちも商売相手にした方が儲かるじゃない?」


「は、はぁ」


「それに、その方が色々と役に立つしね」


「色々?」


「まぁ、こっちの話よ。でも、貴方に昨日の今日で会えたのは良かったわ。ちょっと聞きそびれた事もあるし」


「え?」


 僕の脳内に、いくつものハテナマークが浮かぶ。その戸惑いが顔に出ていたのだろう、イルラミレはクスッと笑い、そして何かを思いついたように両手をパチンと合わせる。


「そうだ、貴方の運勢も占ってあげるわ。しかも、特別に無料でね」


「え、ええ?」


 更なる困惑の渦に巻き込まれた僕には目もくれず、彼女は両手をシートの上に安置してある水晶へ包み込むように掲げ、両目を閉じた。この前と同じように、透明なガラス状の玉は瞬く間にほんのりとした青白い光沢を帯び始める。


「水晶に触れてみて」


「は、はい」


 ――今度は、見つめるんじゃないんだ。


 取り合えず僕は彼女の指示に従い、ゆっくりと右手を伸ばし、その指先を淡く輝く球体にそっと当てた。触れた先端から温かい何かが僕の体に流れてきたかと思うと、次の瞬間には逆流して水晶の中へと吸い込まれるように戻っていく。そんな感覚が幾度も僕の体を襲った後、水晶は光を失い、元の無色透明に戻っていった。僕はイルラミレへと視線を移す。何故か、彼女はぎこちない笑みを浮かべ、無言で僕を見つめていた。やがて、彼女は言いにくそうに口を開く。


「……貴方の運勢、結構ヤバいわね」


「えっ」


 自然と、僕は狼狽の声を上げてしまっていた。


「どういう事なんですか?」


「んーとね、簡単に言うとこれからしばらくの運勢が最悪」


 『これからしばらくの運勢が最悪』という結果を聞き、僕は絶句した。頭の上に大きな重石がのっかったような気分に陥る。


 なおも、イルラミレは言葉を続けた。


「金運面では『他人のせいで振り回される』、健康面では『全身にむち打つような激痛』って出てるわ。まあこれらの方は可愛いもんだけど……中でも恋愛運が最悪ね。貴方、恋人とかいる?」


 唐突な質問。僕はすぐにブンブンと首を横に振る。


「じゃあ、好きな人は?」


 脳裏に誰かの影がよぎるより前に、素早く同じ動作を行う。すると、彼女はホッとしたように顔を緩めた。


「そう、それなら心配はいらないかもね」


「あ、あの」


 僕は若干躊躇いつつも、口を開く。


「どんな感じだったんですか、もし、その、僕に恋人とか好きな人とかいたら」


 目を二度ほど瞬かせて僕の瞳を見つめてくるイルラミレの視線が、少し痛い。しばらくして、彼女は困ったような笑みを浮かべつつ、何やらしきりに一人で頷いた後、小さく息を吐きながら告げた。




「『強力なライバル出現。恋人や想い人を奪われる可能性大。自らの気持ちが試される時』、要約すると、ざっとこんな感じね」

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