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18

 ミレナと別れ城を出た僕は、町中へと足を向けた。


 ――うーん、どうしようかな。


 人の絶えず行き交う通りをぶらぶらと歩きながら、独り頭を悩ませる。元々、ノルスの所へ遊びに行った後、どこかへ行こうなどという計画は立てていなかった。というよりは、何かしらミレナが案を出してくると思っていたので考える必要もないと思っていたのだ。


 ――けど、行きたい場所も特に無いしなぁ。


 左右に連なる店舗を見渡してみる。高価そうな武具が飾ってある武器屋、見るからに怪しげな雰囲気を漂わせている魔道具店、きらびやかな衣装が展示されている洋服屋、どれもこれもあまり興味を引かれない。若いカップルが連れ添って入っていくカラフルな喫茶店など論外だ。けれど、先ほど昼食を御馳走になったばかりだから飲食店に入る気もしない。エリシアからお礼として頂いたお金は持ち歩いているのだが、使い道が全然思い浮かばなかった。


「する事ないし、先に宿へ帰ろうかな……あれ」


 独り言を呟きながら角を曲がったその時、見知った顔を僕は前方に発見した。けれども、相手に話しかける事無く僕はとっさに身を近くにあった民家の陰に隠す。顔だけ出して、そっと様子だけ伺う事にした。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。そんなに怖い顔をして」


 その温かみ溢れる声の主は、何を隠そうワズリースだった。しゃがみ込んでいる彼の眼前には、むすっとしている金髪ロングの女の子がいる。


「誰かと喧嘩でもしたのかい?」


 口を堅く閉ざしたままの彼女に対し、彼はなおも優しく語りかける。やがて、少女は表情を尖らせたままコクリと頷いた。


「友達?」


 彼女は首を横に振る。


「家族?」


 今度は首を縦に振る。


「お母さん?」


 再び首を縦に振った。


「そっか……」


 ワズリースは首を捻り、あからさまに考え込むようなポーズを取った後、


「良かったら、お兄さんに理由を話してくれないかい?」


 と、女の子の瞳を真っ直ぐに見つめながら問いかける。しばらくは沈黙を保ったままだったが、少女はポツリポツリと話し出した。


「だって、ママがピーマン残しちゃいけないって、いつもうるさく言うんだもん」


「なるほど……それは誰だって嫌だね」


「ピーマンだけじゃなくて、ニンジンもレンコンも」


「うわあ、それは大変だ」


 全く少女の言い分を否定する事なく、ワズリースは神妙な面持ちで頷き続ける。ずっと不平不満を口に出しているうちに、彼女の方も表情が幾分か和らいでいった。その様子を感じ取ったのか、彼はニッコリと笑って、


「それじゃあ、お兄さんがとっても良い所に連れてってあげよう」


「とっても良い所?」


「ほら、あそこだよ」


 困惑に目を瞬かせる女の子に対し、ワズリースはその男にしてはほっそりとした腕を伸ばし、ある店を指し示す。そこは如何にも年頃の女子御用達といった感じの配色をしたフルーツパーラーだった。途端に少女は顔を綻ばせ、


「うわあっ、私あの店に一度入って見たかったの」


 と、期待に満ちた眼差しを目の前の男に向ける。ワズリースは慈愛に満ちた表情で頷くと、


「それじゃあ、行こうか」


「うんっ」


 元気な返事をした女の子の手を自然に握り、目的の店へと歩いていった。その様子を後ろから観察しながら、僕は冷や汗を浮かべてしまう。


 ――さ、流石にああいう店に男が入るのはちょっと目立つんじゃ。


 こんな感想を抱いたのは僕だけではなかったらしい。通行人達の殆どが、目を丸くしてキュートな装飾の施された扉から店内に入っていく可憐な少女と、その手を握っているその場に似つかわしくないノッポな男を驚きの表情で振り返り、または凝視していた。ちょっとどころか、かなり目立っているらしい。僕は思わずひきつった笑みを洩らしてしまう。


 ――やっぱり、大人の男性が取る行動としては普通じゃないよなぁ。


 ミレナがあれほどまでに敬遠していた理由が、何となく察せられたような気がした。彼女の性格ならば、自身の父親があんな変人だと近寄りたくもなくなるだろう。


 彼女に共感する一方で、僕の心にはとある疑問も浮かんできた。


 ――けれど、どうしてなんだろう。


 ただの少女好き、というには常軌を逸している。やはり、何か理由があるのだろうか。いや、単なる趣味という線も考えられるには考えられるが、それだと、というかそっちの方が大分マズい。


 ――でも、色々と詮索するのも良くないよね。


 最終的にこのような結論に至り、気を取り直して僕は通りを再び歩き始める。




 そして、しばらく経った頃。僕の耳はまたもや知人の声を聞きつけた。


「そうね……仕事運は普通、金運も普通って所かしら」


 ――あれ?


 ふと視線を向けると、そこには小さな出店を構えているイルラミレの姿があった。地面に設置した青い敷物の上に背筋を正して座っていて、以前にも見かけた透明な水晶を挟んで反対側には二十代半ばといった外見をした女性の姿がある。彼女は真剣な表情で占い師の言葉に耳を傾けていた。


「それで、肝心の恋愛運だけど……」


「どうなんでしょうか」


 不安そうに、けれどもどこか期待しているような口調で言葉の先を促す女性に対し、占い師は少し間を置いた後、やがてニッコリと微笑んだ。




「大丈夫、今日から一週間くらいは絶好調よ。アタックするには申し分ない時期だわ」

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