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 あれから。グラタンを突っつきながら、僕達は様々な雑談に興じた。話題は専ら、ノルスと別れてからの出来事だ。ミレナの父であるワズリースと出会った事を話すと、彼はたいそう驚いていた。ノルスはワズリースと面識があったらしいのだが、まさか彼がミレナの父親だとは思いもしていなかったのだそうだ。


 勿論、占い師との一件に関しても語る事となった。


「なるほど……でも、良かったじゃないか」


 全てを聞き終えた後、ノルスは明るく朗らかな声で僕に言った。


「自分の名前が分かっただけでも大きな進歩だよ」


「……うん、そうだね」


 しかし、僕は彼の励ましを素直に受け取れなかった。自らが何者なのか、一層強い疑念や不安を抱いてしまっているのは紛れもない事実で、それらは他人からの安易な言葉で容易に解消出来るようなものでもなかったからだ。ノルスの方もそんな僕の感情を察したらしく、それ以上は何も口にせずに城での生活に話題をシフトさせていった。


 時間が経てば話す事も自ずと少なくなっていき、キリの良い所で僕達は解散する事にした。


「今日は良い気分転換になったよ。良かったら、また遊びに来てくれ」


 別れ際、ノルスは笑顔でそう告げた。勿論、拒む理由なんてあるわけがない。再訪の約束を交わし、泊まっている宿の名前と場所を教えた後、僕とミレナは再び調べ物に取りかかるというノルスと書庫の前で別れた。城門まで送ろうかとは提案されたのだが、書物を読む時間の浪費になってしまうだろうと思い断ったのだ。ただ、流石に帰り道まで迷子になっては困るので、彼に出口までの道順だけは訊ねておいた。


「それにしても、改めて歩くと随分メンドいわね」


 延々と続くような真紅の絨毯をウンザリしたように見つめながら、ミレナは溜息をついた。


「もう少し、分かりやすくしときなさいよ。メインの道は違う色の絨毯を敷いておくとか、所々の壁に現在位置を知らせる張り紙でも貼っておくとか」


「多分、そんな事をしたら城の雰囲気が崩れちゃうんじゃないかな」


 荘厳な雰囲気の漂う通路の十字路に案内板が立っている風景を何となく想像しながら、僕は言った。ミレナはダメダメとでも言うように首をブンブン振りながら、


「何事も分かりやすいのが一番なのよ。体裁より実益よ、実益」


「あれ、ミレナさん達じゃないですか」


 聞き覚えのある声が聞こえてきて、僕達は振り向く。そこには午前中に知り合ったセディルの姿があった。相変わらず体には煌めく黄金の鎧を身に付けていて、手には槍を立てて握っている。


 彼は穏やかな微笑みを浮かべて、僕達に歩み寄ってきた。


「まだこちらに居られたんですね。勇者殿には会えましたか?」


「うん、書庫まで行くのにちょっと迷ったけどね」


「そうですか。それは良かったです」


「アンタ、鍛錬中じゃなかったの?」


「今日の訓練は正午までだったんです。先ほど兵舎で食事を取って、少し素振りでもしようと中庭に向かう所なんですよ……そうだ!」


 何やら閃いたらしいセディルは両目を輝かせて、


「ミレナさん、これからのどこかへ向かう予定はありますか?」


「アタシ?」


 突然の思いがけない質問に、彼女は面食らった様子だが、やがて腕組みをして首を傾け、


「そうね……特に予定なんてものは考えてないけど」


 と、考え込みながら呟く。


「それじゃあ、お暇があるという事ですか」


「うーん、暇っていえば暇ね」


「でしたら」


 セディルは語気を強め、ほんのりと頬を朱に染めた。


「もし宜しければ、私と一つ手合わせして頂けないでしょうか」


「え、手合わせ?」


 勝負を持ちかけられた彼女は目を瞬かせる。一方、彼は力強く頷いた。


「はい。なかなかの実力を持っている御様子なので、是非とも一度戦ってみたいんです。御迷惑でしょうか?」


「別に迷惑じゃないけど……」


 ミレナは言葉を濁しつつ、僕をチラリと見る。その視線に気がついたらしいセディルは僕に顔を向け、


「君も構わないだろうか?」


 と、声を掛けてくる。僕は曖昧に笑って、


「うん、僕は構わないよ」


 ――ていうか、ここで拒否したら妙な雰囲気になっちゃうじゃないか。


 僕は心の中で愚痴らずには入られなかった。何となく、先ほどの問いかけは卑怯なような気がしたのだ。


「じゃあ、ミレナさんの方は」


 再びセディルから見つめられ、ミレナは僕と彼を交互に見やりながら、複雑そうに頬を掻く。


「えっと……コイツが良いっていうなら、私も構わないけど」


「なら、決まりですね」


 途端、騎士の表情がパアッと明るくなった。


「早速、中庭の方に向かいましょう」


 セディルに促され、歩きだそうとした途中。ミレナは振り向いて心配そうな口調で話しかけてくる。


「アンタ、一人で宿に帰れる?」


「うん、大丈夫だよ」


 僕は強ばりかける顔の筋肉を必死の思いで動かし、懸命に取り繕った笑顔で言った。


「僕の事は心配ないから」


「そう、なら大丈夫ね」


 彼女の表情に、安堵の微笑みが浮かぶ。


「それじゃあね」


「うん、また後で」


 手を振り、セディルの後を追って歩き出すミレナ。二人の姿が消えるまで見送り、消え去った後でもその場に立ち尽くしながら、たまらず僕は呟いた。




「……なーんか、面白くないや」




 雑巾とバケツを持ったメイド服の女の子が、僕の事を訝しげに見つめながら通り過ぎていった。

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