15
「さて、城に戻ってきたわけだけど」
今し方入ってきた扉を閉めた後、ミレナはそう口を開いた。
「まずは階段を探さないとね」
「うん、そうだね」
意外に呆気なく、上へ向かう階段は見つかった。恐らく巨大な城なので、上階へ迎えるルートは沢山作られているのだろう。
二階に着くと、再び長く複雑な通路が僕達を出迎えた。しかし下とは異なり、忙しそうに動いている使用人達の姿は全く見えない。もしかすると、今の時間帯は一階での仕事がてんこ盛りなのかもしれない。
取りあえず、僕達は廊下を歩き回ってノルスがいるという書庫を探す。しかし、一向にお目当ての場所は見つからなかった。
「こんな事になるなら、あのセディルって奴に書庫の場所も聞いておけば良かったわね」
「うーん、人を捜して質問した方が早いかもね」
溜息混じりに呟く彼女に対し、僕はそう声を掛ける。直後、タイミングの良い事に二人の兵士が通路の向こう側からやってきた。一人は若い青年、もう一人は老齢の男だ。
「全く、ルミレイラ様は一体どこにおられるのか」
「もしかしたら、また城下町の方に出られたのかもしれませんね」
「仕事が溜まっているというのに……探し回る方の身にもなってほしいものだ」
「あの、すいません」
カンカンに怒っている様子の片方をもう片方が宥めているらしい会話に割り込み、僕は彼らに話しかけた。途端、老齢の男はギロリと僕を睨みつけ、
「なんだお前達。どこから入ってきた。貴族様の子とはとても思えないが、まさかこそ泥じゃあるまいな」
「え、あっ……と、ごめんなさい、何でもありません」
「ちょっと、何逃げ出そうとしてんのよ」
即座にUターンして歩きだそうとする僕の首根っこを、ミレナが呆れたようにむんずと掴む。逃走は失敗だ。
「ん、その態度。ますます怪しいな。ちょっと一緒に来てもらおうか」
「まあまあ、そう慌てずに」
目つきを険しくして近づこうとする老齢の男を、青年が必死で押し留める。彼は僕達に向き直ると、
「どうしたんだい、君達。もし勝手に入って来てるのなら、ここは一般人は立ち入り禁止だよ」
「なーんか、さっきも聞いた話ね」
悪いけどアタシ達は違うの、とミレナはいい加減ウンザリした様子で話し始める。
「アタシ達はノルスに会いに来たのよ」
「ノルス殿にか?」
勇者の名を口にした途端、老齢の男の顔つきが一変した。
「そうよ。それでアイツが書庫にいるって聞いたんだけど、肝心のその場所が見つからなくて困ってるのよ。教えてくれないかしら」
「勿論、構わないよ」
青年の兵士はあっさりと承諾してくれた。
「書庫なら、この廊下を真っ直ぐいって、次の角を左に曲がる。そのまま進んで右折、次に二つ目の角を右に曲がって……」
「ちょ、ちょっと待って! 覚えきれないわよ、そんなに!」
「もう一回、最初からお願いします!」
僕達は慌てて青年に告げた。
青年の兵士に道を教えてもらい、しばらく経った頃。僕達はようやく書庫まで到達する事が出来た。
「うーん、複雑な道のりだったね」
「複雑過ぎでしょ、いくら何でも。この城を建てた奴、アホじゃないの」
「あは、あははは……」
青くやつれた表情で呻くように呟くミレナに対し、僕もまた乾いた笑い声を出さずにはいられなかった。もう少し、シンプルな構造に出来なかったのかと、僕自身感じていたからだ。
「とにかく、中に入るわよ」
「うん」
書庫の扉は他の部屋のそれとかなり形状が違い、黒い金属で出来ていた。重い扉を二人掛かりでゆっくりと開いた僕達の眼前に、頭上のシャンデリアが照らし出す広大な空間と、何十にも連なっている巨大な本棚の群が現れる。僕は自然と感嘆の息を洩らしていた。
「うわあ……凄いね」
「流石に普通の書庫とは格が違うわね」
扉を閉めた後、僕達は中を進んでいく。棚にぎゅうぎゅう詰めで収められている本はどれも分厚い。古そうな物もあれば、新品と思しき物もあった。僕にはサッパリ理解出来ないが、知識のある人にとっては価値ある書物なのかもしれない。
「しっかし、あまりにも広すぎない? ココ」
ウンザリしたように、ミレナは周りを見渡す。行けども行けども、目に映るのは本棚かささやかな空間に置かれているふかふかのソファと大きなテーブルだ。ノルスの姿は見当たらない。
「アイツ、一体どこにいるのかしら」
「もっと奥にいるんじゃない?」
「それしかないわよね……あー、面倒くさい」
僕達は書庫の深部へと向かう。すると、前方の本棚の隙間から淡い光が僕達の目に飛び込んできた。多分、ランプの光だろう。
「もしかして、ノルスじゃないかな?」
「行ってみるわよ」
「うん」
本棚の間を縫うように歩いていき、僕達は目的の場所に到着する。そこは書庫の内部にいくつか存在する読書スペースの一つのようで、前に見たのと同じようなソファとテーブルが置かれていた。そして僕達の予想がずばり的中し、そこにはノルスがいた。彼は机の上に何十も重ねられた書物の山に挟まるようにして――。
――開いた本を枕代わりに、すっかり熟睡してしまっていた。




