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 呼び掛けに応じて振り向くと、そこには一人の少年がいた。多分、年齢は僕達とさほど違わないだろう。短い金髪に目鼻の整った顔立ちはどことなくノルスを連想するが、彼とはだいぶ印象が違う。ノルスの事を『爽やかな好男子』と形容するならば、こちらは『真面目そうな美少年』といった感じだ。先ほど目にした兵士達と同様、その身には黄金の重層鎧を纏っている。ただ、兜だけは小脇に抱えていて、その為に僕は彼の顔をしっかりと眺める事が出来た。腰に剣は身に付けていないものの、右手には長い銀色の槍を握り締めている。肌の大部分を装備に覆われているので、その体つきは外見から分かりにくいが、おそらくはしっかりと鍛え上げられているに違いない。


「身なりから察するに、どうやら城の者ではなさそうですが」


 一向に僕達からの返答がこなかった為か、彼は困ったような微笑を浮かべ、再び口を開く。その口調は礼節を弁えているらしい、穏やかなものだった。


「ここは一般の方は立ち入り禁止の場所です。申し訳ありませんが、速やかに城の方へお帰り頂ければと」


「それが出来れば苦労しないわよ」


 懇切丁寧な口調が気に入らないのか、ミレナは愚痴をこぼすかのように呟く。彼女のぼやきを聞いて、彼は瞬きをした後、何故か苦笑いを浮かべた。


「ああ、大体の事情は何となく飲み込めました。多分、迷ってらっしゃるのではないですか?」


「まあ、そんな所」


「そうだろうと思いました」


 僕の言葉に彼は肩を竦めて、


「この庭は少し複雑な構造をしていますからね。何でも聞く所によると、城を建設した当時の国王の趣味だとか」


「そんな事はどうでもいいけど、アンタ誰よ?」


 彼の蘊蓄をサラリと受け流し、ミレナが訊ねる。彼は深く一礼した後、


「これは失礼しました。私はメリスティア聖騎士団員、セディル・ナシュオンと申します」


 と、笑顔で自らの素性を明かす。しかし、僕には彼の行った説明がイマイチよく理解出来なかった。


「メリスティア聖騎士団?」


「話には聞いた事あるわ」


 ミレナは視線を頭上に向けながら、思案に耽る。


「確か、王国の中でも選りすぐりの兵士を集めた最強の軍団だとか何とか」


「はい、その通りです。自分はまだ新米ですけどね」


 ここは私達の訓練場となっているんですよ。セディルは鍛錬を行っている同胞達を手で指し示しながら、そう言葉を続けた。


「団長が来るまでまだ時間がありますし、私で良ければ城まで案内しましょう。ついてきて下さい」


 会話からしばらく経った頃。道案内をするセディルに続き、僕達は石の迷路の中を歩いていた。


「へえ、勇者殿のお知り合いなんですか」


 僕達が城に来ている理由を説明すると、彼は驚きからか目を大きく開き、ミレナが腰に差している剣の鞘をチラリと見ながら、


「道理でただ者ではなさそうだと思ったんですよ」


 と、明るい口調で言った。


「遠目からでも、身のこなしが一般人のそれとは異なるのが分かりましたから」


「あら、そう?」


 セディルの言葉を受け、彼女は上機嫌に顔を綻ばせる。


「でも、そういうアンタも凄いじゃない。大人でもないのに王国の誇るエリート部隊に所属してるなんて」


「いえいえ、そんなに大した事でもないんですよ」


 照れ笑いを浮かべた彼が語った話によると、元々セディルはとある貴族の家に生まれた次男坊だったのだそうだ。家督を次ぐのは長男と決まっていたので、武芸に秀でていた彼は親の推薦と共に城へ送り出された。そして、今の境遇に至るのだという。


 ――家がお金持ちって、なんか良いなぁ。


 けれど、ただそれだけの理由で王国の重要な部隊に配属されているとも思えない。恐らく、セディルがメリスティア騎士団にいるのは、彼にある程度の実力が備わっていたからなのだろう。


 剣士と騎士で意気投合したのか、ミレナとセディルは僕そっちのけで色々と語り合い始めた。戦闘の技術を専門としている者同士、馬が合っているようだ。どうやら、彼女が初対面の彼に抱いていたマイナスイメージは瞬く間に消え去ってしまったらしい。


「それにしても、随分と古い物をお使いですね」


 話がひと段落した後、彼はミレナの腰に下げられている鞘に視線を移しながら口を開いた。


「まあね」


「もしお望みでしたら、城の者に頼んで新品とお取り替えしましょうか?」


 セディルの提案に、彼女は迷ったような笑みを浮かべながら、


「ううん、遠慮しとくわ」


 と、小さく首を振って答える。そうですか、と彼が言葉を返した矢先、通路を曲がった僕達の眼前に城への扉が姿を現した。


「あちらから、城内へ入れます。勇者殿は確か、二階の書庫におられる筈です」


 ――二階!?


 階段は全く上らなかったし、そりゃあ見つからない筈である。僕は心の中で深い溜息をついた。


「ここまで連れてきてくれてありがとう。助かったよ」


 道案内に対する礼を言うと、セディルは笑って、


「いえいえ、当然の事をしたまでです。ところで」


 と、僕に対する言葉は少な目に、今度はミレナへと顔を向ける。そして、少しだけ頬を赤らめながら、こう告げた。


「先ほどは有意義な時間をありがとうございました。もし機会がありましたら、是非お手合わせして下さい」


「そうね、時間があえばね」


「その日を楽しみにしています。それでは」


 最後に小さく頭を下げた後、セディルは元来た方向へ足早に去っていった。

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